夕闇が辺りを支配し始める時間帯だと言うのに、この店の中ではまるで白昼が続いているかのようだった。
豪快に髭を蓄えた大男たちが昼間の仕事の疲れを吹き飛ばすかの如くジョッキを掲げているのにも、そんな彼らの間をパタパタと軽快に走り回る濃いメイクのウエイトレスにも、なぜだか不思議と羨望などと言った情は抱かない。
ただ自分がもし大人になったとき、あんな風になりなくはないなと薄ら考えるだけである。

アレックスはさっき運ばれてきたばかりの、キンキンに冷えているオレンジジュースのグラスを口にしながら周囲にそれとなく目をやっては溜め息をついた。
「奢る」と言うからどんなにいい雰囲気の店かと思っていたが、これは居酒屋だ。もしかしなくても居酒屋だ。

そうして終いに、アレックスはテーブルを挟んだ向こう側に座っている癖毛が印象的な少年に焦点を定めた。
彼はこちらの年齢を知っているはずだった。最初に彼と会った際にアベルはきちんと自分の紹介をした。それなのに店のチョイスが「これ」だ、まさしく配慮が欠けているとしか思えない。
こいつ、彼女とかできなさそうだなと、自分でも驚くほど大人びた考えがどこからともなく湧き出てくるのを感じた。

「はい、かんぱーい!」

少年は周囲の大人に負けず明るい調子でグラスを掲げた。その間もアレックスはちびちびとジュースを飲み続けていた。
あ、乾杯とかしなきゃいけなかったのか、とアレックスが気がついたのは、数秒後のことだった。
しかしアレックスはそれよりも気になることがあって、眉一つ動かさないまま、あくまでも冷静な口調で言った。

「乾杯って……それ、オレンジジュースじゃないですか」









意志を継ぐ者  -第五話









淡いパステルブラウンの癖毛を持つ少年、ウィザロは、アレックスのその言葉にグラスを掲げたままほんの少しの間だけ固まった。
しかしすぐに彼はテーブルに肘をつくと腹を抱えて笑い出した。

「あはは! 君って本当に面白いよね!」
「……そんなこと言われたの初めてです」

アレックスは再びグラスに口をつける。
同時に、厨房から弾かれるように出てきた若いウエイトレスが自分たちの座るテーブルに料理を運んできた。
この土地の料理はよく分からない。ゆえにチョイスを完全にウィザロに委ねたのだが、こればかりは彼を信用してよかったようだ。とりあえずこちらの口に合いそうな肉料理が出されたとあって、アレックスの気分はこの店に入った当初よりいくらかは落ち着いた。

普段がこれなんだからな、と、アレックスは目の前で料理を頬張り出したウィザロの姿を見て思う。
恐らく自分以外の、それもこの酒場にいる人間に今の彼の印象を訊いたら、とても今日の昼間に見せたあの雄姿を物語る答えは返ってこないだろう。

今思い出しても寒気がする。
初めてS級の悪霊と対峙したからではない。何人もの人間が悪霊の餌食となった場面を目撃したからでもない。
アレックスが脳裏に思い浮かべるのは、ウィザロが冥界送付の呪文を詠唱したあと、地面に現れて悪霊の大きな身体を包んだあの「色」である。

A級の悪霊が冥界へ送られる場面を、アレックスはこれまで何度も目にしてきた。けれどそれはひどく呆気のないもので、気づいたら終わっている、と言う感覚とどこか似通っていた。
だがそれよりも遙かに巨大な質量が、S級のあの呪文の中には含まれていた。
青とも白ともつかない不思議な色をした細い風の束に載せられて、しかしたったそれだけでS級の悪霊は力を失ったのだ。それが、そのあまりにも神聖すぎる色が、同属であるのになぜかひどく怖かった。

アレックスはウィザロの顔を盗み見るのをやめ、肉料理に専念しようと手元に視線を落とした。
たった今作られたばかりなのか、ナイフを入れると食欲をそそる匂いが湯気とともにあふれてきた。

「やっぱり仕事あとの食事はいいよねえ。おいしさが何倍も増すって気がしない?」
「はあ……」
「今日は君もお手柄だったし……まさかA級の呪文が使えるなんてさ! 将来は大物になるよ」
「そうですね」

その切り返し斬新だよ。そう言って苦笑するウィザロに、アレックスはふと、なにか解せないものを感じた。
普段の彼がこうなのだろうか。それとも、あのときの彼の表情が本性なのだろうか。

ウィザロがS級の呪文を詠唱したとき、地面に突如として現れた円盤状の紋様から吹き出る力に流されて、次第に身体を消滅させていく悪霊を見送るウィザロの姿を思い出す。
神聖な色越しに垣間見えたウィザロは、まったくあの瞬間だけと言っても過言ではないほど普段は見せない真剣な表情をしていた。
逆に悪霊と追いかけっこをしていたときにあの表情でなかったのが不思議なくらいだ。それほどまでに、悪霊が消え去ろうとしていた間に彼が見せた面持ちは意外なものだった。
そんな顔もできるんじゃないか。と、最初はそう思った。しかしすぐに、なぜその顔を今まで封印していたのかと気づいてぞっとした。それはS級の呪文が発するあの「色」を見て感じたものに近いものがあった。

理由を尋ねてみようかと、アレックスはフォークを宙に固定したまま一瞬考えた。
きっと彼は答えてくれるだろうと思った。初めはいつもの憎たらしいまでの笑みで誤魔化して見せるだろうが、追究すれば意外と真面目に取り合ってくれるのではと言う気がした。
恐らく最終的に、彼はあの真剣な顔をするだろう。だがそれがなんだと言うのだ。答えさえ得られるのなら、それが自分にとって鬼門であったとしても、構わないと思えた。
機構での噂さえはぐらかされたのだ、これくらい訊いておいてもなんの問題もないだろう。

「あ、すいませんお姉さん。オレンジジュース三つ追加で」
「はあい」

しかしアレックスが口を開く前に、ウィザロがぱっと通路側を向いて、通り過ぎようとしたウエイトレスを呼び止めたので驚いた。
アレックスはこのとき、今まで考えていたことをすべて根こそぎ忘れて慌てた。

「ちょっ、なに普通に注文してるんですか! 俺もう飲みませんよ!」
「あ、そうなの? じゃあオレが全部飲むから大丈夫大丈夫!」

普段からちゃんと稼いでるから。
そう言って自信たっぷりに笑むウィザロに、懐の問題じゃないだろうとアレックスは心の中で突っ込みを入れる。

「それよりなんでオレンジジュースなんですか」
「だってオレまだ十九だから」

なるほど、妥当だな。と、アレックスはウィザロの顔を一瞥してから納得したように一人頷いた。
しかしアレックスの問いを深読みしたのか、ウィザロは意味ありげな笑顔を振りまくと、すぐにわざと難しい顔をしてチッチッと人差し指を横に振った。

「ダメだよー未成年飲酒は。ちゃんと二十歳になってからでないと!」
「はっ?」
「いつだったかいたよねえ。あ、聞いたことない? オレたちと同じように悪霊退治で僻地へ派遣されて、一応悪霊を冥界に送ることには成功するんだけれど、そこで祝いの席に呼ばれてうっかりお酒を口にしちゃったドジな若い魔術師の話だよ。よせばいいのに、彼は酔っ払ったまま無理に帰ろうとしてさ。その結果、酔った勢いで空間移動術の座標を大きく間違えて見ず知らずの土地に飛ばされて一ヶ月くらい放浪したんじゃなかったっけ。ようやく帰ってきたときには身体はやせ細ってミイラみたいになっていたって……ふふ。ま、そうなってもいいってなら別だけどね」

ウィザロがこちらを向いてにんまりと口の端を釣り上げる。
その表情にぞぞと悪寒を感じたアレックスは、首を小さく縦に振ると視線を外して再び肉料理を口に運んだ。

程なくして、ウエイトレスの「お待たせしましたあ」と言うよく通る甲高い声とともにオレンジジュースが三つ、テーブルに運ばれてきた。
いつの間に消化したのか、空になった最初のグラスを脇によけながら、二杯目のオレンジジュースを半分まで一気に飲み干してウィザロはぽつりと呟いた。

「よくなったよねえ」
「……え、なにが?」
「オレたちの待遇だよ。オレが君くらいの頃は、気軽に飲食店なんて入れなかったからなー」
「なんでですか?」
「周りの目がね、そう言ってるんだ。魔術師が来たぞ、ってね。オレたちはそれに耐えられなくてさ」

アレックスは明後日の方向を漠然と見つめるウィザロに、ただ目を瞬いた。

「今は大分偏見も緩くなった感じだね。むしろ好転したのかな? あいつらは悪霊を倒してくれるって言う」

噂には聞いていた。今からほんの数年前までは、魔術師は極普通に忌み嫌われる者として存在していたのだと。
その感覚をアレックスは知らない。アレックスが先遣隊になる前の演習として外界へ出たときでさえ、既に周囲には魔術師を歓迎してくれる風土が育っていた。
だからアレックスは自分が魔術師であることを誇りに思っているし、魔力を持っていることを負い目だと感じたことは一度としてない。だからこそたまに自分より一回り以上も上の魔術師の話を訊く機会があると、どうしようもない違和感を感じるのだ。

いっそそれは本当なのかと言う気さえする。魔力を持たない人間と自分たち魔術師が分け隔てられていたと言う実話はアレックスにとってはもはや過去の遺物であり、ゆえに自分たち魔術師と一般人との違いの程度と言うものは出身の国が違うことと同義のように感じるのだ。
けれどそんなアレックスたちの考えを知らないウィザロは、酒が入ったのでもないのに、いつもより饒舌になって喋り続けた。

「それに昔は先遣隊を数年こなしたらいきなり魔術師になったんだよ。今みたいに魔術師の独立も認められてなかったし、『研修』って言う準備段階もすごくお粗末で短期間なものだったから、あんまり場数を踏まずに現地入りしちゃう魔術師もいてさ。今よりも殉職率が高かったなあ」

懐かしむように目をとろんとさせながら、ウィザロは一口ジュースを飲んだ。

「ま、オレは先遣隊を長らく拒否してたんだけど」

だが次に吐き出された言葉に、アレックスは食べかけていた肉料理を口に運び損ねた。
ナイフとフォークを中途半端な位置に維持しながら反射的にウィザロのほうを見ると、彼はまさに残りのオレンジジュースを飲み干さんとしていた。

「……はい?」
「十歳で先遣隊に配属されたんだけど魔術師の仕事がやりたくてね。勝手にやってたんだ」
「それ、上が許したんですか?」
「そんなわけないって。もちろん開始して数ヶ月で理事長先生直々に呼び出されて勧告受けちゃったよ」
「受けちゃった、って……」

ウィザロは笑い飛ばしたが、これはそんな生易しい表現で済むものではない。
魔術師養成機構の理事長は現在、魔術師界において一大権威となっている。もっと言えば魔術師と契約をしている「国」にとっても、この理事長と言う存在は皇帝や王と同じくらい影響力を持つ人物なのである。
なにせ彼の機嫌を損ねれば契約は打ち切られる、それは自国に次々と発生する悪霊に対抗する術を失うと言う、国の存続にとっては一大事であった。

そんな人間に歯向かうなど、この男正気か?
アレックスは無意識のうちにナイフとフォークを置いていた。

「でも、そのあとは? 先遣隊に戻ったんですか?」
「機構からの伝達総無視で魔術師稼業を続行」

平然と言ってのけるウィザロに、アレックスはただ呆然とする他なかった。

「……なに、やってるんですか、あんたは」
「あはは。よく言われる」

アレックスは目の前の間抜けたウィザロの顔を見て、やれやれと額に手をやった。
それにしても、今彼はさらっとなんでもないことのように、十歳で魔術師の真似ごとをしていたと口にしていなかっただろうか。

彼が死ななかったのが奇跡だ。なにせ先遣隊になりたて程度の人間に、いきなり悪霊と対峙しろと指示したところで結果は見えているも同然なのだ。
そもそも先遣隊はいざと言うときのために冥界送付の呪文を教わってはいるが、ほとんどは実戦で用いないまま先遣隊として外界入りをする。
それをようやく使うことができるのは魔術師に昇格して、先輩の支援や援護があり、護られに護られた上で徐々に慣れていくと言う、かなり長い期間を経たあとでのことなのである。

だがここまで考えて、いや、そもそも例の噂が本当ならばあり得ることではないだろうか? とアレックスは思いついた。
今まですっかり忘れていた彼への好奇心が、ここにきてまた勢いよく芽を出した。

「例の、機構でのあんたの噂のことですけど」
「んー?」

恐る恐る切り出したアレックスに対し、ウィザロはどこまでも呑気な動作で肉料理をいっぱいに頬張った。

「あれって、本当ですか?」
「尾ひれがついてないならそうだろうね」
「十歳のときにS級の悪霊を冥界へ送ったって。S級の呪文を詠唱したって」
「偶然だった。と言うか、一か八かだよ。S級の呪文は知ってたけど詠唱したことはなくて、でも、あのときは変に頭が冴えててさー」

まるで第三者の視点に立っているような、こともなげに平然と言ってのけるウィザロに苛立ったアレックスは、自分でも知らないうちに語調を荒げていた。

「けど、結局は使えたんじゃないですか」
「そんな顔して言われると、本当にライアンに言われてるみたいで凹むよ」
「ずっと気になってたんですけど、その『ライアン』って誰ですか?」
「友達……の、つもり。オレ寄宿舎に入ってたんだけどそこの同胞。最初はけっこう仲良かったんだ」
「最初は?」
「例の、S級の呪文を使ったあとからあんまり、ね。彼、首席で、オレは中の中だったから」

本当に落ち込んでいるのか、ウィザロはいつものあははと言った軽いものではなく、少々湿気を含んだ笑みを零す。
だがアレックスは、どちらかと言うとそのライアンと言う人の苦悩のほうがよっぽど分かる気がした。

「俺もこんな同期がいたら絶対に嫌ですよ。咄嗟にS級って……それ、ほとんど反則」

しかも訊けばウィザロとライアンと言う人は最初は仲が良かったと言うではないか。
級友で、しかも仲がいいとくると、恐らく彼らは互いに親友のようなものだったのだろう。
それほどまでに親しい人間に半ば裏切られたとも言える行動を起こされたら、誰だって嫌になるに決まっている。アレックスはそれを自分に置き換えてみて、実際に自分が体験したことでもないのに、なぜかやり切れない気持ちになった。

だよねえ、やっぱりそうなんだよねえ。
そう一人ごちるウィザロの姿にアレックスが気づいたとき、彼の背負うオーラは今まで感じたこともないくらいに陰気なものになっていた。
そんな彼を慰めたかったわけではないが、アレックスは今の彼のフォローに繋がりそうな話題を出した。

「じゃあなんで、そんな実力を持ってたのに親友にまで隠して嘘ついてたんですか? どう考えてもそのライアンって言う人……大陸北支部長だっけ? あんたと同じ年で支部長って、あんたを見返すために努力してるようにしか思えないんですけど」
「あー確かにね。最初は思いっきり無視されたなあ。あと会っても『チッ』とか、すごい顔で舌打ちされたりもしたっけ」

はは、と、力なく笑いながら、今にもテーブルに突っ伏しそうな低姿勢で、ウィザロは本日通算三杯目のオレンジジュースのグラスに手をかけた。
しかしそうしてグラスを口につけようとしたところで、でも……と、ウィザロは思い出したように言った。

「でも、結局はお人好しなんだよね。今はなんだかんだでこっちの頼みごと聞いてくれるし、嫌々の渋々だけどさ。ほんと、謝っても謝りきれないよ」

先程よりいくらか元気を取り戻したのか、ウィザロはまたもや一気飲みに近い飲み方をした。
その表情がどことなく人間染みていたのに、アレックスはなんだかほっとした。

「最初から全部大っぴらにしておけばよかったじゃないですか」
「言っても理解してもらえないからだよ」

アレックスが何気なしに放った一言が終わるか終らないかのうちに、それまでとは打って変わってはっきりとした口調のウィザロの返答が割り込む。その速さにアレックスは勢い面食らった。

「……どうでもよかったんだ」
「は?」
「幼い頃に全部なくしたオレには、もうなくすものなんて残ってなかったんだよ。無から有は生まれない、ってね。だからどうでもよかったんだ。機構に入ったのも、自分の成績も、先遣隊や魔術師って言う括りもなにもかもぜんぶぜんぶ」
「じゃあライアンって人は、ただの道具ってことですか」
「うーん、今は違うよ」

ウィザロは突然にっと笑んだ。それは今まで通りの、まったく真意が読み取れない笑みだった。

「なんでかな。さっき無から有は生まれないって言ったけど、でもオレがこうして生きているのは、きっと全部なくしてなんかないからなんだと思う。だからまだライアンとの繋がりもあるし、なんだかんだで機構とも連絡取ってるし。むしろ研修先として指定されてるし」

なんでこうなっちゃったんだろうね。おかしいよね。
残り少ないグラスを傾けながら、ウィザロは困ったようにそう言って笑った。
それっきりウィザロがなにも言わなくなったので、アレックスも再び自分の料理に手をつけ始めた。

このままの流れだと、普通の人間ならこのまま聞き流して彼のいいようにさせただろう。
だが自分は、それほど気の利く利口な人間ではない。

「それでいいんじゃないですか」

アレックスはかちゃかちゃと、肉料理をマイペースに捌きながら無愛想な口調で言った。
ようやく普段の表情に戻りかけていたウィザロの顔が、テーブルを見つめたままぴたりととまる。

「俺はそれでいいと思います。たとえあんたが表向きにはそうやって他人との接触を拒んでいても、あんた自身が分かってるならいいんじゃないですか」

きっと彼は、ウィザロは、心の底では他人の繋がりを求めているのだろう。
だからこそ彼は今こうして生きていられるのだ。そうでなければあのとき、S級に冥界送付の呪文を与えたとき、あの気味が悪いくらいに眩い神聖な光に呑まれて、彼は悪霊もろともこの世界から消えていたはずだと、アレックスは現実にはあり得ないことを想像して頷いた。
だからなのだ。だからきっと自分は、あのS級の呪文の光を怖いと思ったのだ。

アレックスが肉料理を切り分けるたびに、ナイフとフォークが擦れて手元に小さく硬質音が響く。
しかしその音が自分一人が発するだけのものと知ったとき、アレックスはやっとなにかがおかしいことに気がついた。

アレックスが躊躇いながらも顔を上げる。
するとテーブルを挟んだ向こう側には、四杯目のオレンジジュースのグラスを抱えたまま、こちらをぼうっと見ているウィザロの腑抜けた顔があった。
その表情はどこか夢見がちで、瞳は自分を真っ直ぐに見ているのに違う人物を見ているように思えた。それが誰なのかは嫌でも理解できた。

「ほんっと君って、ライアンそっくりだねー……」
「やめてください」

予想通りの答えをばっさりと切り捨てる。
再び食事に戻ったアレックスの頭上で、ウィザロがまたなにかぶつぶつと呟いているのが聞こえたが、この際面倒なので内容は無視した。

周囲では相も変わらず、大勢の大人がジョッキを手になにやら騒いでいる。
彼らは自分たちの間の共通の話題に夢中になるばかりで、ここで二人の魔術師がどんな会話をしているのかなど気にかけない。誰も気に留めない。

昔は気軽に飲食店に立ち寄れなかったと、ウィザロはそう言った。口では語らずとも目がそう言っている。それはアレックスの知らない時代を生きた魔術師がみな口を揃えて述べる内容であった。
けれどそんな過去を忘れて、今日日こうして自分たちは彼らと同一視されている。もっと言えば、魔術師の存在は無視されている。
いったい昔と今と、自分たち魔術師にとってはどちらがいいのだろう。小さく切り分けた肉料理を口にしようとした寸前、ふと、アレックスはそんなことを考えた。













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2011/05/15