陽気な戦士  -第二話









なかなかに心地のいい感触だ。
二〇一号室の、真っ白なベッドの上にばふっと倒れ込んだウィザロは、幸せと共に目蓋を閉じた。

しかし今夜だけは、このベッドで一時の休息を得られるかどうか危ういところだった。
ウィザロはごろりと寝返りを打って、夕暮れを映した天井をただぼうっと見つめた。どこからか鳥の掠れた鳴き声が聞こえる。
かちゃり、と目の前にぶら下げた鍵の裏に、宿屋の名前だろう「道の駅ラストプラッツ」と彫られている、その細い字が目に入った。

(まずかったかな……)

ウィザロの脳裏に、こちらを見た宿屋夫妻の心底驚いたと言わんばかりの顔が蘇ってきた。
だが宿屋の人間に魔術師とばれてしまったが、不審者と見られなかっただけまだ動きやすいだろう。仕方がない。
そもそも魔術師が彼ら「一般人」を避けるのは、極力彼らとの衝突を起こさないためであって、決して魔術師と言う人間が陰気だとかそう言ったことではない。
きっと彼らは忘れつつあるのだろう。昔から、魔力を持つ者がどんなひどい目に遭わされてきたのか、その一部始終さえも。

がばと勢いよく起き上がったウィザロは、思うところがあって床に横たえていた大きな鞄を引っ張ってベッドの上まで持ち上げた。
鞄の金の止め具を外して開けると、溢れんばかりの馴染みある小物たちが出迎えてくれた。新顔の、数本の青い蝋燭は前に訪れた街で買ってきた。分厚い魔術書は、我が物顔でこまごまとした雑貨の上に居座っている。
魔術めいたそれらの中で、ウィザロは真っ先に目についた透明な容器を鼻の先に掲げると途端に目を丸くした。

「あ、寝癖直し切れてる! まいったなあ……」

次に行く街で絶対買おう。
ただでさえまとまりっけのない髪質だ。放っておけば普段の三割増し扱いづらくなる。
ウィザロは指先でちょいちょいと癖毛をいじくりながら、残り少なくなった容器をぽいと脇に放った。

続いてウィザロは、数本ある内の一本の青い蝋燭を手にすると、コートのポケットからマッチを取り出しベッドの木枠に強く擦る。すると小さな木片の先に赤い火が踊った。
やはりなんらかの事前調査はしておくべきだろう。鞄をわざわざ開けたのはそのためだった。
マッチの火を青い蝋燭の先に灯すと、ひゅるりとか細く上った灰色の煙が、急に進行方向を真下に変えて流れ出した。

おや、とウィザロは足元を見詰める。
蝋燭から旅立った細い煙は、部屋の床板の間を上手くすり抜けて、さらにその下を目指しているようだ。
間違いない。彼はこの下に、"いる"。

「煙は下へ。悪霊のいる、その方へ」

でたらめな調子をつけながら、ウィザロは下に流れる煙をもてあそびながらすっと目を細めた。

「彼らは吸い込む、万物を。人が眠りにつくあいだ、誰にも知られず息を吹く」

ふっ、と言葉の最後が終わると同時に、ウィザロは息を吹きかけて蝋燭の火を消す。
途端に明かりが失われて部屋全体が闇に覆われ、心なしか辺りから音さえも消えて、夜を迎えた宿場町全体は気味が悪いくらいしんと静まり返った。













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2008/06/05