序章  -04









エターリア国は今までに前例がないほどの静けさを醸し出していた。
あのなんにでも熱意を注ぐ国王のラザロスでさえも、仮にこの場にいたとしたら呆然と自分の息子を眺めただろう。

「おい、なんだこの静まりようは?」

背筋に悪寒が走るくらいの広場の静寂に、サーンは訝しげに片眉を跳ね上げる。
まだ状況を把握していないサーンの身体は、すぐに横からハロルドにより強引に引っ張られた。

「王子、なにやってるんですか!」
「は? なにって……」
「そんなプロポーズはいけません! 直球すぎるんですよ!」
「直球のどこがいけないんだ?」
「とにかく会ったばかりの方に求婚するのは邪道です」
「……は?」
「こういうときは、少しずつ相手のプロフィールを聞いて、後日またお会いしたりして愛を深めていくんですよ!」

サーンはハロルドの助言にも屈せずうんざりと表情を曇らせた。
まるで経験者のように語るハロルドに、お前はいったいどこでそんなことを憶えてきたのかと突っ込んでやりたくなった。

とりあえず国王であり父親のラザロスからは王妃を連れて来いと命じられたのだ。
リーネに特異な能力があるのかどうかはっきりとは分からないが、真珠が光ったことから一目瞭然であろう。と言うより、もう彼女でいい。

「だが父上は俺に王妃を連れて来いと命じた。連れて行ってなにが悪い」
「いや、だからそうじゃなくてですね……!」

背後でハロルドが悶々と頭を抱えているのをいいことに、サーンはわずかばかり後退されてしまったリーネの元へ歩み寄る。
しかし一向に彼女の傍に行けないのはどうしたことであろう。
足元に視線を落とすと、自分が近づく分だけリーネが後ずさるのが分かった。

「何故逃げる?」
「……えっ!?」

どうやらリーネも無意識のうちに後退していたらしい。

「あ、あの……」

まだ俯いたままのリーネの顔をサーンは覗き込んだ。
なにかに怯えているような、怖がっているような。いや、ただ恐縮しているだけなのであろうか。

傍から見てお世辞にもいい展開とは言えない雰囲気が漂う。
サーンはふっと一呼吸入れると、目に痛いくらいの、突き抜けるように青い空を仰いだ。

「……おかしいな」
「え?」
「普通の少女は喜ぶはずだが、リーネは何故違うんだ?」

この国で王妃に娶られるのは貴族でも光栄なこと、民にしてはあってはならない名誉だろう。
それなのにリーネは喜ぶでもなく失神するでもなく躊躇っている。それが分からない。

リーネは少し言葉を選ぶように逡巡したあと、ちらとサーンの顔色を窺った。
サーンがまだ黙っているのを見たリーネは、視線を斜め下に泳がせると微笑みを浮かべながら口を開いた。

「王子様の前でこんなことを申し上げるのも憚られますが、実は私の両親は私がまだ物心つかないうちに亡くなって、それからずっと義理の母様に育てられてきました。けれどその義母様も、今は高齢で寝たきりの生活に……」

結構波乱万丈な生活を送ってきたらしい。
その服装から見て取れるように、彼女のドレススカートは民の中でも貧しい部類に入るのだろう。
けれど決してそれが貧しいと思われないのは、やはりその類稀なる容姿があってこそだ。

「すみません。私に選ぶ権利はないと存じていますが」

一見気弱そうに見えて心は強い。リーネはぱっと顔を上げると、初めてサーンを真正面から見た。

「このお話、お断りさせて下さい」

広場で聞き耳を立てていた民が一斉に驚嘆の声を上げる。
当の本人たちが同じ場にいると言うことも忘れたほど、リーネの一言は彼らの度肝を抜いた。
さっきまで一人混沌としていたハロルドも、その一言に驚いて思わず顔を上げたほどだった。

だが一方のサーンはそのざわめきに我関せず、いつも通りの冷静な表情を浮かべ続けていた。
それでもサーンは難しい顔つきになりながら金髪を掻き上げると、可笑しそうに笑った。

「断られたのは初めてだな。しかも思い切り」
「すみません!」

リーネは勢いよく深く頭を下げた。銀髪が肩から流れ落ちる。

「だが俺はあなたを連れて帰らなければならない」

断ったにもかかわらず平然と紡がれるサーンの言葉を受けて、頭を下げたリーネは驚きでそのまま固まった。
今なにを言われたのかと、下がっていたリーネの頭が少し上がる。

「美しいですね」

彼のまた無意識であろう口説き文句に、リーネの頬がほんのりと薄桃色に染まっていく。

「あーこんな美人に振られたなんて、俺のプライドが引き下がらないな……」
「お、王子!」

それまで黙っていたハロルドが、背後から急に割り込んできた。
まったく本当に遠慮と言うものを知らない召使いだとサーンは嘆息する。

「こういう事情があるんですし、王子の独断では決められないですよ。ね? ね?」
「まったく、お前は何年俺と付き合っているんだ? よく分かっているだろう」

またもハロルドの忠告を無視したサーンはリーネに向き合う。
リーネはびくりと身体を小さく震わせて、また一歩後退した。

しかしサーンがそう易々とその手を逃すはずもなく、リーネの腕を素早く掴んで引き寄せると、彼女の手を取りその甲に軽く口づけた。

「これでもウンとは言って頂けませんか?」

広場にいた多くの民とハロルドは同時に確固たる確信を持った。
絶対この王子は本気で彼女を落としにかかっている。

ある意味本気になった王子が一番怖いのかもしれない。
その顔に浮かべられた最高の微笑も、リーネを逃すまいとして作られたものに違いない。

予想外の出来事に、リーネの頬はさっきよりも急激に赤くなる。
エターリア国の有名な美男子の王子に求婚されているのだ。
とにかくなんでもいいから言葉を見つけなければ、そう思えば思うほどリーネは口をぱくぱくさせる。

「……あ、えっとその」
「リーネ! お前なにされてんだ!?」

やっといい雰囲気になってきたと思われたそのとき、突発的に広場に大きな声が響き渡った。
サーンのものでもリーネのものでも、もちろんハロルドのものでもない。

皆が驚いたように辺りを見回す。
サーンも同じく顔を上げてその声の主を確認すると、これまた面倒臭そうに小さく舌打ちした。

「……ジョン?」

リーネの口からは無意識にその者の名が零れていた。
ジョンと呼ばれたその少年は、恐らくサーンと同い年くらいであろう、服装と容貌を見る限りではほぼ間違いなくエターリア国の民だった。

(邪魔が入ったか……)

広場の入り口近くに、いかにも元気だけが取柄だと言わんばかりの少年は、仁王立ちになっていた。
サーンはそのジョンと呼ばれた少年をぎろりと睨んだが、彼も負けじとサーンを悪の形相で睨み返してきた。

そして完全に蚊帳の外のハロルドは、サーンとジョンのきつい視線を追って、嫌な結末を想像した。













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05/01/29