夕日の茜色に照らされて銀髪が踊る。

エターリア国では遺伝的に、貴族や王族以外は目立った容姿を持たない。
皆一様に茶系の髪に亜麻色の瞳をしている。エターリア国民はその傾向が顕著に表れていた。

だがこの少女は違った。
流れるような長い銀髪に瞳は清水を思わせるような、淡く青い、さっきまでの空のような瞳がそこにはあった。









序章  -03









「あら、あれは……」
「そう言えば彼女の姿を見かけなかったわ……」

サーンは広場で休息をとったり談話していた人々の異様なざわつきに違和感を覚えて振り向いた。
こちらを見てひそひそ会話をしているわけではなさそうだ。それも今更な感じがしたが。
なんと言ってもこの広場に王妃候補探しのために赴いてから半日が過ぎたのだ。民の王子に対しての免疫もついただろう。

それならいったいなにについて話しているのだろう。
一応気にはなったのだが、どうせ大したことではないだろうと、また馬の手綱を握り直す。
しかしハロルドがまだ馬に跨らないままある一点を見つめて呆然としているのを見つけ、サーンは軽く彼の後頭部を小突いた。

「どうした? 帰るのが嫌だなんて言うんじゃないだろうな。こうなったら城に戻るために強行突破しか道はないだろ」
「王子、こちらの少女はまだ……」

ハロルドが呆気にとられながらもその少女を紹介するのと、サーンが彼女の姿を視界に入れるのとどちらが早かったのだろう。
おずおずとこちらに近づくその姿を認めたとき、サーンはなにかの間違いではないかと思ったほどだった。

長い輝く銀髪、俯き加減の瞳は見事な青色。
しかし服装は国民共通の簡易なドレススカート。そのギャップに一瞬戸惑った。

(……ありえない)

そう、むしろありえない。彼女のような、まるで王族のような異色の瞳と毛色を持つ民を見たのはこのときが初めてだった。
サーンはたった今の今まで、もう少女と名のつくものに絡むのはうんざりしていた。
しかし最後の最後に彼女のような、いかにも可能性を秘めた少女が現れるとは願ってもなかった。

サーンは彼女よりも濃い青の瞳を見開いたまま、たった今城へ戻るために乗った馬を降りる。
彼女を近くで見るといっそうその輝きが増して見えた。
これまで平民からは生まれないと言われた容姿だ。これならたとえ城内で歩いていても、誰も咎めはしないだろう。

「あ、あの……こちらに伺わなければならないと、お聞きしたのですが!」

彼女は弱々しく、けれど意を決したように切り出す。
その顔は若干の恐怖も混じっているように見えた。

サーンがふとハロルドの方に目をやると、ハロルドはそれとなく目線を逸らした。
国中の少女が集まるか多少不安だったために、広場へ行かないと罰則が科せられると条件を上乗せしたことは口が裂けても言えなかった。

「ハロルド、仕事熱心なのは感心だが……」
「さて王子。早く王妃候補の方か見極めないと!」

いまいち腑に落ちないサーンだったが、冷静を努めて、先程多くの少女にしたようにすっと彼女の手を取った。
白く細いまるで絹のような指、民の中にも珍しい少女が紛れているのだなと思った。

だが正直、サーンはそれほど期待してはいなかった。
半日を費やしても現れなかったのだ。いきなりひょいと現れた少女が実は王妃候補、などと言う馬鹿げたことはないと。
それでもサーンは、じっと、右袖の下に隠れているブレスレットの真珠を食い入るように見つめた。

(反応なし……か?)

それも当然だ、と心のどこかで思った。
夢は所詮夢にすぎなかったに違いない。儚い夢のお告げに翻弄された自分も父も愚かだった。
だからさっきも考えたではないか。真珠が光るはずなどないのだと。どこにそんな希少価値のある真珠が存在していようか。

しかし変化はなんの前触れもなくやってきた。
サーンがはっと我に返ったとき、どこからか目も眩むほどの眩しい金色の光が漏れていることに遅れ馳せながら気がついた。
すぐに右袖を捲くる。自分の右腕にいつもあった真珠は、この瞬間に間違いなく光を放っていた。

大量の金色の光が、風をまとって四方へ流れ出る。
無意識に光の源を探ると、自分の右腕はもちろんのこと、何故か似たような光は彼女の首元からも放たれていた。

白とも金ともつかない荘厳な光は徐々にサーンと少女とを包み込んでいく。
あまりの眩しさに目が眩むかと思った刹那、突然二人の頭上の間に長い髪の人影がするりと現れた。

ぞわり、と、一瞬にして背筋が凍った。
違う。この少女の影ではない。それは少女より遙かに髪が長く、ゆっくりと風にたゆたっている。
その人影には目を逸らそうとしても逸らせない強く惹かれるものがあった。

――見つけた。

少なくともそう聞こえた気がした。
耳の奥にまできんと甲高く響く、玉を転がすような凛とした声。

そこまで結論づけてサーンは驚いた。
夢の中に出てきたあの人とまったく同じ声色だということに、言葉にできない恐怖を覚える。
その人影はたったそれだけを言い残すと、風に掻き消されるようにして光と共にあっという間に消えた。

広場は元の姿を取り戻した。その中で、サーンは頬を伝う冷や汗を感じた。
銀髪の少女もその場にすっかり立ち尽くしていたようだが、しばらくしてから反射的に小さく口を開くと、言った。

「母、様……」

広場にいたエターリアの人々も、サーンと同様に唖然としていた。
最も二人の近くにいたハロルドはそれ以上の反応もできずに、ただその場に硬直している。

今のはいったい誰だ。サーンは長い溜め息を漏らしながら額に手を当てた。
彼女が言った言葉は上手く聞き取れなかったが、それよりも懐かしさが込み上げるあの姿を思い出す。
どこか幻想的な姿は忘れることがない、夢に出てきたあの人影と同じものだった。

それになによりも真珠が反応したのだ。
彼女だ。彼女こそが間違いなく、今日ずっと待っていた少女になる。

「……あなたの名は?」

サーンが静寂を破って銀髪の少女に質す。
思いがけない言葉を受けたからか、少女は慌てて姿勢をぴんと戻した。

「リ、リーネです。リーネ・クロルドと言います」

まだサーンに対しての、いや刑罰に対しての恐怖が残っているのだろうか。
少し俯きながら話すリーネへ、サーンは一歩前に歩み出た。そしてそのままリーネの右手を恭しく取ると、すっとその場に跪く。

「我が国の王妃となる方、喜んで妃に迎え入れます」

サーンの一言に、広場中が恐ろしいほどしんと静まり返る。
周りにいた民も鳥も空気さえも、時が止まったかのように静止していた。
当の本人であるリーネさえも、あまりに突拍子もないサーンの言葉に、その淡い青の瞳を丸くした。













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05/01/29