天陽国  -10









レアスと会わなくなって何日も過ぎていた。
しかししばらく経ったいつもと変わらない日、廊下がなにやら騒がしくてゼフィはふと顔を上げた。
同じタイミングで、国務室の扉がばんという大音量を残して大きく開いた。

扉の向こうには一人のまだ年若い侍女が立っていた。顔面蒼白で肩は上下し、息を切らしている。
いったい何があったというのだろう。ゼフィは彼女の元へ驚いて駆け寄った。

「長、大変です……!」

陽明国の長であるゼフィの元へその報せが入ってきた時、既に国境付近は大騒動になっていた。
多くの天深国の人々が、草地や更には陽民国側の領域まで立ち入って、今が旬のニコラを乱獲していた。

事の発端は、つい先日起こったらしい。
珍しく天深国の青年が国境付近を通りかかったとき、見知らぬ誰かが天深国側のニコラを無断で採っていたと言うのだ。
彼が注意しようと近付くと、その盗人は彼の後頭部を殴って逃走した。それがゼフィが聞いたすべてだった。

「あんなことをするのは陽明しかいないじゃないか!」
「陽明国にされたままでいいのか!」

人々の怒りは更なる怒りへと変貌した。
盗人は陽明国の人間、その風潮が瞬く間に天深国内に広まった。

彼らは復讐として、陽明国側のニコラを採り抗議の手段とした。
騒ぎを聞きつけた陽民国の民は、唖然としてその光景をただ見守ることしか出来なかった。

「まだ分からない。そんなの、調べなきゃ……」

ゼフィはすぐに天深国の長、レアスの元へ手紙を送った。
例の事件の犯人は陽民国に限ったことではない。どこかの国の流れ者かもしれない。
責任を持って調べる。だからこちら側へ侵略しないでほしい、だいたいそんな意味のことを書いて送った。

しかし憤った天深国の民による暴動は日に日に酷くなっていった。
数日後には陽民国の者が天深国の者に殴られる。しばらく経つと、陽民国側からも天深国の領域に育つニコラを採るようになってしまった。

「お願いです。争わないで下さい」

ゼフィは国民全員を集めた集会で強く呼びかけた。
だが逆に民からは不平不満の声が上がった。

「天深の奴等に殴られたんだ!黙って見すごせって言うのか!」
「このままじゃ陽明は天深に乗っ取られるんじゃ……」
「女子供はどうなる。どうにかしてくれ、長!」

悪いことは重なった。一ヶ月も経たない内に、天深国と陽民国の関係は今までになく悪化していた。
民は争いを避けるため、できる限り家の中に閉じこもった。寂しかった。

国は荒れた。悲惨な光景から目を逸らした。
戦はしたくはないが、いざとなったら立ち上がるという雰囲気が現れ始めた。

一方でゼフィは色々と手を尽くして、発端となった天深国側のニコラを採った人物を探そうとしていた。
しかし未だに犯人は見つからなかった。
もしかしたら彼はもうどこか遠いところに行ってしまったのかもしれなかった。

「レアス……」

ゼフィは疲労と共に多くの書類が積み重ねられている机の上に突っ伏した。
天深国の長、レアスに手紙を出してようやく返ってきた返事は「検討する」の一言だけだった。
こちらの長の正体を知らないから仕方がないが、それはゼフィにとってあまりにも衝撃的だった。

黄色く澄んだ月が雲の切れ間から顔を覗かせる。
今日は最近でもようやく落ち着いたのか、いつもより静かな夜だった。

(……あれ?)

誰かに呼ばれたような気がして、ゼフィは起き上がった。
辺りを見回す。だがそこには国務室の整然とした造りがあるだけで、誰の姿も見受けられない。

ここ最近、あの草地に近付く者は少なくなった。
草地へと足を運べば何かしら痛手を負ってしまう。それはもちろん天深国も同様で人気はない。

ゼフィは急に思い立って歩き出した。行き先は決まっていた。
すべての想いが生まれた場所へ。嬉しい思い出も辛い思い出も、すべてを形作ったあの草地へ。













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2006/10/28