天陽国  -06









ゼフィとレアスは久し振りに顔を合わせることができたと言うのに、その日の雰囲気は最悪だった。
天候が悪いからという周囲の影響も少しはあるのだろう。

だがそれぞれの事情がこの重苦しい雰囲気を形作っているのには違いなかった。
ゼフィは長であることを打ち明けようか迷っていたし、レアスは陽明国の長のことを訊こうか訊くまいか悩んでいた。
時間は容赦なく過ぎ去っていく。早く言葉にしなければ、一日が終わってしまう。

「実は」
「あのさ」

勇気を出して切り出そうとしたが、両者とも見事相手とタイミングが重なった。

「どっどうぞ!私、なにもないし……」
「いや、俺の方も大したことじゃない……」

どちらも譲り合って、最終的に再び沈黙が訪れる。
二人は境界線を挟んだまま、背中越しに同時に深い溜め息をついた。

「境界線入ってるか?」
「失礼ね。ギリギリこっちよ」

ゼフィはちらと横目で太い木の杭を確認した。
それはそこに境界線が存在し、相手国へ立ち入ってはいけないものだと言うことを示している。

もともと今日は天深国側に背を向けて薬草を摘んでいた。
しかし途中で現れたレアスも、どうやら同じくこちらに背を向けて座ったようだった。

だがどうせ今日は相手の顔を見ることができないほど辛いのだ。
二人は背中合わせに座り込んだまま、それとなく会話を始めた。だが、まったく不便なことこの上ない。

「ねえ、レアスのその勲章って……」

おずおず切り出したのはゼフィだった。
一応最後の足掻きだと言うことは分かっているが、レアスが本当に長であるのかは本人に確認するのが一番だろう。
レアスの左胸に付けられた金の勲章、それがずっと出会ったその日から気になっていた。

「ああ、この勲章?これは就任式の日に継いだんだ」
「それはレアスが長……ってこと?」

レアスは不思議そうな顔をして振り返った。

「言ってなかったか?」
「見当はついてたけど……。その服装とか服装とか服装とか」
「服装だけかよ」

これで分かってしまった。少なくとも互いは敵対国の長同士だ。

「態度変えるか?」
「なんで」
「俺が長だと知っただろ?」

レアスが長だと知ったからといって薄々見当は付いていたのだ、今更驚くも何もあったものではない。
それにどうせこちらも長という地位に立っている。口にしてはいないが立場は同じだ。

もしゼフィが民なら慌てて平伏したりするのだろうが、たとえ自分がただの民でも何か気に食わなかった。
ここでふと民を装ってレアスに近付いてみようかとも思ったが、今は何をする気にもなれなかった。

「別に……変える必要ないし……」
「それは良かった」

ではもし自分も長なのだと告げたら彼はどうするのだろう。
ずっとそのことが気になって、最近は夜もあまり眠れなかった。

どこからかまた長い沈黙が訪れる。気のせいか、空気が段々と湿ってくる。
つられてスコールを思わせるような強い雨も降り出したので、ゼフィとレアスは同時に驚いて立ち上がった。

「ゼフィ」

足早に草地を去ろうとしたゼフィを、レアスが呼んで引き止める。

「また、会えないか……ここで……」

レアスのその言葉が、とても嬉しかった。
ただあまり喜ぶべき立場ではないと分かっているせいか、ゼフィは薬草を摘んだ篭を提げながらこくんとだけ頷いた。

だが途端に見せられた雨越しのレアスの笑顔に、心臓が大きく高鳴った。
同時に強い罪悪感が全身を襲う。
ああこの儚い恋は、いったいいつまで続けば済んでくれるのだろう。













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06/07/17