Memento mori









僕の中に残っている最後のあの人の姿は、後ろ姿だ。
まるでその日の青い空に立ち向かっていくように、その細い脚で踏ん張りながら、彼女はまさに前に進もうとしていた。

だが僕には彼女のその行動がもはや奇怪にしか見えなくなっていた。
そのときの僕にはすべて分かっていたのだ。これからなにをしようとしてもなにも変わらないのだと言うことが。
所詮一握りの人間が世界を変えようと立ち上がったところで、それは社会の安寧を乱すただの反乱分子とみなされ、なんの意味も成さない。遅れ馳せながら僕はそのときにそれを痛感させられていた。

仲間は既に散っていた。戦意? そんなものは数秒前に失くしてきた。
ああ、無意味なんだ、無意味だったんだよ。僕は尚も立ち向かっていく彼女の後ろ姿にぽつりと呟いた。すると、今すぐにでも青い空の中へと飛び出していきそうだった彼女の脚が、びくりと震えて止まった。

瞬間、恐怖が背筋の下から上へと物凄い勢いで這い上がってきた。
それは自分たちの敵に追われていると言う恐怖や、死に面していると言う恐怖ではない。
ならばその恐怖の源はなんなのか。そう、僕が怖くなった理由。それは彼女が今までにないくらい、この世のすべての怒りを集めたくらい、僕に向かって憤怒しているからだった。

あんたはそうやって誰かに縋りついていつまでも右往左往していればいい。
彼女は怒りに震えたような上擦った声で、相変わらずこちらには背を向けたまま、青空と対峙しながらそう吐き捨てた。そしてすぐに言った。

あたしは、あたしが正しいと思ったことをする。
たとえそれが間違っていても、あたしはそれを知らないから、だからきっとそれが正しいと思っている。
あたしのする決断は間違っているのかもしれない。だけどそれがなんだと言うの。真実より嘘が多いこの世界で、じゃあいったい誰が、本当に正しいことを知っていてそれをひとびとに知らしめているというの。
そんな中で、他人の意見の波に流されて間違った選択をするより、自分であれこれ考えた上で自らが下した最善だと思う選択で間違った方が、潔いわ。

彼女の姿は青空になった。彼女の声は風になった。
僕が彼女の言葉に呆気に取られているうちに、彼女は既に青空の向こうへ飛び込んで消えていた。

君は、僕のことを足手纏いだと、数年経った今でもまだそう言うんだろう。
この世界はまだあたしの望み通りじゃないわと、君は肩にかかる髪を片手ではねのけながら、きっとそう言うんだろう。
この世界に君がまだ立っていれば、君は数年前と同じように、また青空の向こうへ飛び込んでいこうとするんだろう。

でも、この世界はまだまだ見捨てたものじゃあないよ。
僕はそう心の中で呟いてから、それでもどこか腐っているのは否定できないけどね、と少し躊躇ってからつけ加えた。

足元で風にそよぐ草から顔を背けるようにして天を仰ぐ。そこには君が飛び込んだ世界がある。
けれどあのときと若干変わっているのは、僕が君のようになりきれずにこうして死に物狂いでしがみついているこの世界は、君が飛び込んだまさにその瞬間から、少しずつ変わり始めているということだ。
いい方に、それとも悪い方にかって? そんなの、他人に聞くものじゃあないよ。













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2009/02/13