マイ・ラブリー・ワールド







パアアアアア、と、足元に広がるビルの谷間で盛大なクラクションが鳴り響く。
しかしこれから自殺する美紀にとってそんな騒音など至極どうでもいいことであった。

この世界が厭になったのはこれが初めてではない。
至上最年少で最高の科学者と謳われるようになった現在においても、美紀は人間の愚かさやこの世界の不条理さが気に食わなかった。日常生活における個人同士の諍いからはては世界規模の戦争に至るまで、まったくつまらないと言ったら仕様がなかった。
いったい人類は自分たちが紡いできた歴史からなにを学び取っていると言うのか。きっとなにも得ていないに違いないだろうと言う確信が美紀にはあった。
このボンクラ共め。美紀は手元で小さく毒を吐きながら、ややあって雑音がひしめき合う世界に身を投じた。

だが地上目がけて落下し始めたとき、まだ地面と接触していないにもかかわらず、周囲の景色がぶっつりと途切れ暗転したところで、美紀は、あれっと首を傾げた。
落下中に気絶でもしたのか、それとも死ぬ間際、人はこんなブラックアウトした世界に放り込まれるのか。
どちらにせよ、「死」と言う科学者にとって小さくはない関心事が束の間のことだったのは、同じく科学者である美紀にはなんだか勿体なく思えた。

それともう一つ、美紀にとって気にかかることがあった。
ブラックアウトしてなにもないはずの暗い世界のどこからか、聞き覚えのある耳障りな電子音がさっきからけたたましく鳴っているのだった。
誰か、音を、スイッチを止めて。美紀は無の世界でもがいた。誰かいるんでしょう早く止めて赤い停止ボタンよいったいなにをぐずぐずしているのその赤いボタンよ。

「美紀」

はっ、と、今まで長いこと呼吸を忘れていたかのように、美紀は息を大きく吸い込むと同時に目を開いた。

「美紀、大丈夫か? 調子は? 具合はどうだ?」
「な、にが」

真っ白な壁を背に、今や一人の精悍な顔つきの青年が美紀の顔を覗き込んでいた。それは美紀の研究所で助手として働く青年だった。
この瞬間、美紀はぎくりとした。至上最年少で最高の科学者と言われるようになったのは、数年前、美紀がある画期的な発明をしたからだ。そうだ、私は、私の“本当”の人生は――。

「……変えられなかったの」

熱いものが目頭にあふれてきた。現実が無理なら、せめて架空の世界では理想のまま生きたいと、ただそれだけのために奔走してきたのに。
青年は美紀の問いにこくりと頷くと、溜め息交じりに言った。

「残念ながら今回も失敗だよ。美紀、君はあと何回死ぬ予定なんだい?」













テーマ:「夢の国」


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2012/01/08