神の詩  -プロローグ









どれくらい長い間こうしてすべてを見据えてきたのだろう。
思い出せない、思い出せないほど永い時をただ漠然と過ごしてきた。
統括するだけの存在だった。この広い複雑な世界を支配下に置くことが己の使命だった。けれどそれはとても重要だった。

神が、いた。

その姿はゆらゆらとまるで透き通るよう。
何色とも例えがたい地につくほどの長い髪をなびかせ、胸には親指大の真珠をひとつ下げたネックレスを伴い、稀に見る美しい女人の姿をしていたとか。
闇を背にすれば漆黒の中へ溶けて行き、光を背にすれば眩いほどの光を受けて輝いた。

神は、創った。

生命が息衝く希少な惑星、地球。可能性を秘めたその星に彼女はさらに万物の命を吹き込んだ。
長い長い気も遠くなるような年月を経て、命を与えられた彼らは徐々に姿を変えていく。
その中で生まれた「人間」と言う生物は、姿形が驚くほど神自身の姿と似るようになった。

神は、悩んだ。

文明が興り生命の数も飛躍する中で、「人間」が傲慢に力を振るい始めていく。
日に日に神の元へ多くの「人間ではないもの」の悲鳴が届いた。
何故、彼らの声を人間は聞き入れないのだろう。私は彼らを創って、正しかったのだろうか―――。

神は、決めた。

自分の立場は重々承知の上だった。
けれどそれでも一度この目で人間の素性を確かめてみたい、と思った。

地上に降りてそこで人間と同じ目線で物事を見れば何かが変わるかもしれない。
一縷の希望を胸に抱いて、そして神は宇宙から地球へと身を投げた。

雲の切れ間から垣間見える海のコバルトブルーに大地の濃い緑色は脳裏に強く焼き付けられた。
平気だ、地球は順調に育っている。
もうすぐ地上に降り立つことができる、そこで何が待っているのだろう。

しかし地上が薄らと見え始めた辺りで、自分の体に異変が起きていることに気が付いた。
体の中で何かが激しくうごめいているなんとも奇妙な感じがした。
苦しくて胸を抑えようとした途端、体はなんの前触れもなく眩い光の塊となって四つに分かれ、それぞれ四方に勢い良く飛び散ってしまった。

飛び散ったものは魂だけではなかった。
神がもともとこの広大な宇宙を治めるために持っていたもの、莫大な神の力までもが一つ一つの魂と共に分裂したのだった。

それらの魂と力とは対になり、もうすぐ生まれようとしていた赤子の魂と入れ替わって、地上には大いなる力を持つ人間が四人生まれ落ちた。
彼らは生まれ持ったその天性ゆえに、ある人からは崇拝され、またある人からは忌み嫌われていく。

―――ただ、ほんの少しの気持ちだけだったのに……。

神は、嘆いた。

このままでは宇宙へ戻ることができない。どうにかして元の魂と力を一所に集めなくてはならない。
神が不在の宇宙の寿命など、高が知れていた。

けれど知らなかった。知る由もない。
この選択が後の地球、もっと言えば「人間」を救うことになるのは、神でさえも予期できなかったことだった。













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05/01/29