緑木日和の憂鬱









限界だ。いや、そもそもこれは限界という範囲をとうに超えているのかもしれない。
いったい何から書き留めておくべきなのか、こうしてペンを持っているにもかかわらず考えてしまう。

まず、そうだ。この状況に陥った原因から書くとしよう。
あれは忘れもしない四月の春休み、東京の街を歩いていた時に出会った……まあ、あの一件は長くなるのでここでは割愛しておく。
とにかく何故か数百年前と変わらない姿で現れたウィリネグロス、そしてあともう一人は自分の前世だというサーン・フラキトネスと出会ったのは思い返してみれば今からほんの一ヶ月前のことだ。

この街に越してくる前の東京で過ごした二年間だけの中等部、いつだったか雑誌を手にした女子生徒数人に強引に前世を占われたことがあった。
あの時の結果は確か、金魚すくいの金魚。その結果を聞いた途端思わず頬が引き攣った。
それから他のグループにまたも強引に占われたことがあったが、その時も結果は真面目な商人というあまり喜ばしくない結果だった気がする。

だからここに来てまさか本当の前世は一国の王子だった、とは予想外も予想外だった。
染めた訳ではない本物の金髪、カラーコンタクトではない本物の碧眼。それなのに顔はどことなく自分に似ている。
奇妙極まりなかった。サーンは霊としてまた現世に降り立つことができたと、ただ、苦笑していた。

『ま、それも運命の内なんだろうな』

彼の記憶を継いで、それから少しの間頭が痛かった。一挙に流れ込んできた記憶が上手く捌けなかった。
だが本当に大変なのはここからだった。

サーンは寝ても起きても暇さえあればことある毎にリーネ、リーネとうざった……いや、煩わしいほどに呟いていた。
ようやく引越し後の別宅も片付いて一段落したと安堵しても、サーンはやれリーネはどこにいるのか騒がしくない日と言ったら無かった。
あれには相当参った。耳に蛸が出来るかと、いや、実際出来かけていたと思う。

記憶の中にあるリーネと言う人物の第一印象は「銀」だった。それほどまでに銀髪が眩しく、淡い青の瞳はまるで海か空のようだった。
恐らく自分と同じく、リーネの生まれ変わりである人間がどこかにいる。興味がまったく無かった訳ではない。
だがどうやって探せというのだろう。この地球上に女性など何億人もいる、きっと一生かけても探し出せないに違いない。

ああ、そろそろこうして過去を振り返っているのも疲れてきた。
明日は藤波市立咲が丘中学校、という人生初の公立中学校への転入日である。
本当は市内にあるもう一つの中学校、私立明英学園中等部に転入予定だったが、まあその話も追々―――。

とにかく、平穏無事な日々を送れるよう願う。
今もこうして手記を付ける自分の背後で、部屋中を行ったり来たりしているサーンの行動が目に留まらなくもない。
頼むから自分の城の広さとこの別宅の大きさを比べないで欲しい。
一目瞭然ではないか。東京ドームが幾つも入るであろうエターリア城と普通の別宅(他人から見れば桁違いに広いらしい)の間には歴然とした差がある。

今思い出したことがあるので付け足しておく。
明日の転入のことだが、それを考えると微妙に頭の中でなにかがぐるぐると回っているような奇妙な感じがする。それと胸騒ぎ。
これらの意味がまったく分からないのだが、サーンの所為でないことを、同じく願っておく。

原点に戻ろう。
サーンがこれ以上騒げば、限界は自ずと訪れる……と思う。













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2008/03/05