第一章  -15









雲の流れが変わった。
それまですべてを呑み込んでしまいそうなほど雄大だった青空は、今や徐々にその色を変化させていた。

天を仰いだサーンの、空よりも深い青い色の瞳はふっと優しく細められる。
いったい今の彼のその瞳には何が映っているのだろう。
覗き込めば分かりそうな、やはり分からなさそうなそんな微妙な気がした。

『そろそろ戻るか』

突然のサーンの言葉に慣れているのか、リーネもゆっくりと頷く。

『音色も今日は色々なことを考えて疲れたでしょう。早く休まれて下さい』
「あ、ありがとう!」

リーネの言う通り、頭の中はもはやパンクしそうだ。
授業で出された宿題も終わらせなくてはいけないのだが、ここは明日の朝に回すことにしよう。今日は早く眠りたい。

だがどうしても一つだけ訊いておきたいことがある。
前世と現世という話題の前に、これを処理しなければ夜も心配で眠れない。

「……あの、リーネ?」

控えめな音色の言葉に、リーネは不思議そうに目を瞬いて振り返った。相変わらず美しい仕草だ。

「えっと呼び出す時って、さっきみたいな言葉とか、いるの?」

ちら、と伏せた目でそのまま日和を窺い見る。
音色の視線に気付いた日和は、それまでの冷静な顔を捨てて柔らかく笑った。

「いや、その心配は無い」
『ええ。音色が私の名を呼んで下さればそれだけで参ります。痛みも普通は感じない筈ですから』
「サーンなんて呼んでもないのに自発的に出てくるからな」

日和の呆れたような視線を受けたサーンは、やれやれと肩を竦めてみせる。

『好意に決まってんだろ。お前が寂しい思いをしないようにと配慮した俺の気持ちだ、有難く受け取れ』
「時と場合による」

辺りに風が吹き込んできて、それらは渦巻いてリーネとサーンの身体の周りに纏わりつく。
リーネはすっと、優雅な動作でサーンの横に並ぶ。まさに美男美女の組み合わせだ。

音色と日和はまるで鏡映しになったかのような二人の姿をただ黙って眺め続けた。
彼らの髪や衣服は今も風に流されてどうやら触れることも出来るというのに、現実から一線を引いた場所にいる守護霊だとは。
いや、そもそも守護霊とはどういう意味なのだろうか。彼らは何を「守護」するのだろう。

新たに質問をするのも少し躊躇われたので、音色は開きかけた口を慌てて塞いだ。
リーネは過去の時間を纏ったまま、変わらずに流れ行く現在の中で心地良さそうに風に手を伸ばした。

『では、また。いつでも呼んで下さって構いませんからね』
『あ、俺の場合は別だからな。頻繁に意味も無く呼び出したらぶん殴るぞ』

笑顔全開でなんてことを言い残してくれるのだろう、この金髪碧眼守護霊は。
辺りに眩い金色の光の粒を振り撒きながら、リーネとサーンは呼び出した時よりも比較的静かに、すうと消えていった。

胸には相変わらず真珠が日の光を受けて光っている。幻ではない。前世との繋がりがここにあるのだ。
たとえその繋がりが目に見える形でなくとも、リーネと知り合えた、嬉しいものに違いなかっただろう。

さてこれからが正念場だ。やるべきことが多く待ち受けている。
音色は前世の二人の姿が消えた場所を見詰めてから、思い切って、さっきのサーンと同じように天を仰いでみた。













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06/04/01