第一章  -01









夢だ、と思った。

いつからだったろう、この頃、毎晩不思議な夢を見るようになっていた。
それが夢だと夢の中で分かっている。こう言う夢を明晰夢と言っただろうか。

けれど夢の中ではただそれが夢なのだと漠然と思うだけで、別に格段意思を持って行動する訳でもない。
夢だと分かっているからと言って、その夢を故意に変えようともしない。何故か知らないが、変えられない。
その夢の中での自分は確実に自分ではない「誰かに成りすまして」生活を送っている、それだけなのだ。
物の輪郭が白くぼやけてよく分からないこともしばしばだが、大抵はその雰囲気や外形が掴める。

夢の中では、誰かと一緒に神殿のような宮殿のような城のような廊下の上を歩いている。
横に自分より背の高いすらっとした少年がいる。太陽の光のような金髪と、深い海の青のような瞳が印象的だった。
それらがこちらを向いてふっと微笑む。幻みたいな夢の光景。

(ああ、幸せ……)

夢の中では疑問に思わない。
けれど夢から醒めて現実に戻ると、不意にそれまで見ていた夢の内容が気になる。

あれはいったい誰なのだろう。
そして、何故毎回似たような夢ばかり見るようになったのだろう。

早朝のベッドの中で額に手を当てて深く考え込んでも埒は明かなかった。
勉強の時でさえこんなに考え込むことは少ない。
それにどうして夢の中の自分は、いつも「幸せ」だと感じてしまうのだろうか。

唯一信頼のおける親友に変な夢を見るとだけ言ってみたら、五月病ではないのかと言われた。
まだ五月も始まったばかりだが、確かに、疲れているのかもしれない。

年度始めには精神的ストレスが溜まるとか何とかよく言うではないか。
もしかしたら知らず知らずの内にストレスを溜めていたのかもしれない。だが、心当たりはさっぱりない。

だから今日の夢も、今までに見た一連の夢の続きなのだと思った。
あの夢の中に入る時特有の爽やかな風が頬に吹き付けて、純真な匂いが身体を満たす感じが心地いい。
ふわとほんのしばらく身体が浮いてから、どこかに静かに着いた感覚がした。

(……同じだ。今日も)

流水音色ながれねいろはゆっくりと目蓋を持ち上げた。
今までと同じように、また見知らぬ異国の風景が眼前に広がっているに違いない。そう思った。

しかし今日だけは微妙に変な感覚が全身を駆け巡っていた。
意思が普段よりも明瞭な、意識が変にいつもよりもはっきりしているような。気のせいだろうか。

いやそんな微妙な感じも疲れが影響しているのだろう。音色は心の中で首を横に振ってからそう結論付けた。
さて今日はどこを歩くことになるのだろう。音色は辺りを見回した。

「―――って、あれ?」

反射で出てしまった、自分の裏返った声に自分で驚いた。
しかしこれも普段ならおかしかった。いつもは夢の中では声を出そうとしても出ないはずだった。
そして、周囲には古代西洋風の城も、はたまたいつも隣にいた少年の姿さえ見受けられなかった。

では今はどこにいるのかと言うと、音色は漠然と広がる濃い銀色の虚無な空間の中にひとりぽつんと立っていた。
そこは果てもなく、ただ無限の低い雲に覆われて一面の銀幕となっている世界だった。

(……ここ、どこ?)

いったいこの瞬間に何が起こったのか、音色はまったく理解できなかった。













BACK/TOP/NEXT
05/12/24