見つけた。自分の力の要領の良さに恐怖さえ覚える。 やはり神の力と力とは共鳴することがあるらしい。セルガはふっと口元を緩めた。 エターリア国城の最上階でもある屋上は開けていて、子供が数人走り回れそうなくらい広い。 灰色の風に乗って流れてくる臭いには、煤けた灰が混じっている。 その屋上の中央に、探していた少女はこちらに背を向けて立っていた。 「久し振りだな、ウィリネグロス」 セルガの声に反応したのか、ウィリネグロスはゆっくり振り返る。 だが振り向きざま彼女から発せられた気に、セルガは我が目を疑った。 序章 -24 ウィリネグロスという少女の存在が一番謎に包まれている、とセルガは思う。 彼女はどうして神の力を知っていたのか。何故隣国の事情まで知っているのか。 無表情な瞳は数ヶ月前と何ら変わることが無い。 ただ変わったのは、他人を凄ませるような雰囲気だ。 以前はただの少女だと思っていたが、やはり彼女も何か力を持っている。 「神の力を持つ者は四人だと、そうお前は言ったな」 ウィリネグロスは何も言わずに黙って立っている。 「だがお前も力を持ってる。いつだったか見せたな、あの鋼の力を」 シュラート国にウィリネグロスが訪れた時、入城を拒まれた末ウィリネグロスが取った行動は、己の力を見せるというものだった。 宙を舞う鋼の球体が現れて初めて、これは大事だと警備兵は驚いて知らせてきた。 だがウィリネグロス自身は力を否定した。 これは神の力ではない、神の力はセルガたちが手にしているそれなのだと言い切った。 (言い逃れだな……) セルガが屋上の中央へ歩を進めても、ウィリネグロスは何も喋らなかった。 その行動も表情も何もかもが癪に障った。 こんな少女一人、炎の力を使えば何とでもなる。 しかしセルガが力を放つ前に目にしたのは、どこからか現れた、長く鈍い銀色の鎖だった。 それらはウィリネグロスの身体に蛇のように巻きつき、彼女の意思のままに浮遊していた。 ウィリネグロスがすっと手をセルガの方に向ける。 途端に銀の鎖は目にも留まらぬ速さでセルガの手足に絡み付いて、行動を束縛した。 本当に一瞬の出来事に、セルガは成す術を断たれていた。 「なに……!?」 ウィリネグロスの力は警備兵から口伝えで耳にしただけだ。 まさか本当に鋼の力を操るとは思っていなかった。 これが神の力の一つでないと言うならば、いったい何だと言うのだろう。 セルガはきっと目の前のウィリネグロスを睨んだ。 銀色の鎖は、彼女の元で生きているかのように耐えることなくぐるぐるとうねっている。 ウィリネグロスはそれまで閉じ続けていた口をすっと開いた。 「私が口を開くときは、破滅の時だけ」 「黙れ!お前はすぐに捻じ伏せ―――!」 セルガは指を動かそうとして、一瞬訳が分からなくなった。 いったいどうしたことか、指一本さえ動かせなかったのだ。 鎖に縛られているのは手足首だけだというのに、何故か指が動かない。 力を発動させようとしても、ぷっつりと途絶えたように何も起こらない。 見えない力で抑え込まれているような奇妙な感覚だ。 事の重大さが分かると、セルガはウィルを今まで以上に強く睨んだ。 「小娘!お前なにをした!?」 「私は偉大な御方を守るだけ、ただそれだけのために創られた存在」 「これから俺をどうするのかと聞いている!」 「悪しき者は永遠に葬る。二度とこの魂が世に蘇らないよう」 言葉が終わらない内にウィリネグロスは手元の鎖を強く自分の元へ引っ張った。 セルガの手足を拘束する鎖が反応して、ぎしと鈍い音を立てて絡み合っていく。 このままでは身体が先に使い物にならなくなる。 セルガはすぐさま次の案を考え始めた。 これでも幼少期から戦の場に幾度も出てきたのだ。相手を叩き潰す戦略は得意だった。 あちらこちらから火の粉が上がる。 どうやら火の手が確実に間近まで迫ってきているらしい。 部屋の扉から見えた廊下は真っ赤だ。街と同じ色に染まっている。 もはやエターリア城全体が燃えている。 セルガはこの国ごと潰す気だ。今まで平穏な生活を送っていた人々も巻き込んで。 リーネはふと顔を上げた。 けれど次第に力が失せていく状況の中では、少しの身動きさえ億劫だった。 (声を……) さっきから街や城内の声を拾おうとしているのだが、聞こえない。 耳を塞ぎたくなるような悲鳴さえ聞こえてこなかった。 辛うじて聞こえるのは、シュラート国軍の勝ち誇ったような雄叫びだけだった。 エターリア国の者の声が、消えた。 街にいた義理の母やジョンの声も、消えてしまった。 それがどういうことなのか分かりたくないのにすぐに分かってしまった。 また涙が溢れてきた。嗚咽が止まらなくなった。 冷たくなったサーンの手を取っても、握り返してはくれない。 (みんな、みんな殺された……!) 怖くなった。世界に一人だけ取り残された感じがした。 昨日は笑顔を浮かべていたサーンも、今は目蓋を閉じて眠っている。 絶えずどこからか声が聞こえる。 これは自分に話しかけているのか。それとも歌っているのだろうか。 人間の所業を嘲笑うかのように。天の高みから見下ろして。 リーネはごくりと唾を飲んで、そして決意した。 どこかに神がいる。きっと神は昔も、そして今も変わらず自分たちを見ている。 ゆっくりと震える手を胸の前で組む。眠りに落ちない程度に、薄らと瞳を閉じた。 どくんどくんと心臓が微かに鼓動している。 すべての力の根源である真珠のネックレス、これがどうか鍵となってくれるようにと願う。 願うのは、すべてが安らかに眠れるように。 この波乱に満ちた歴史を終わらせるために。 「神よ、偉大な神。どうか私の願いを聞いて下さい」 頭の中で木霊していた軽やかな声が、ぐんと間近に聞こえてきた。 すぐそこに何かがいる。けれど目蓋を上げることができない。 ああ懐かしい、と思った。 どこかで聞いた声、例えるならサーンと出会った時に聞いた声と似ている。 何にも汚されることの無い、純真で澄んだ声。 最後の力を振り絞りリーネは口を開いた。 すべてを、争いすべてを終焉に導くために。ただそれだけを一心に願う。 「この力を奉げます。この国を眠らせて……!」 BACK/TOP/NEXT 05/11/21 |