彼女が何かを叫びながら部屋に駆け込んでくるのは、そう珍しいことではなかった。

「ありえないわ!」

ばん、と、けたたましい音がシルヴィオの広い室内に嫌と言うほど響き渡る。
午後の昼下がり、ゆるゆると風が流れていく穏やかな時間だと言うのにまったく騒々しい。
シルヴィオは手にしていた書類を顔の前から下げて、部屋に入ってきたばかりの黒髪を持つ少女を一瞥した。

「……うるさい。静かにしろ」
「あ、シルヴィオ!ちょうどいいところに……見て!これ見て!」

今度はいったいなにがそれほどまでに彼女の興味を買ったのだろうか。
どこか別の世界から来たと言い張るこの少女、真澄は、この城に住みついてからと言うもの、たまに彼女の世界と違うものを見つけては騒ぎ立てている。

まあ、住まわせたのは自分だ。
なにせあの時は真澄がスパイ以外の何者にも見えなかったし、たとえスパイでなくともどこから侵入したのか気にかかっていた。
それは今も変わりのない事実ではあるが―――その話はここではやめておこう。

真澄の手には、木の皮で編んだ小さい籠がすっぽり収まっている。
それをシルヴィオの前にずいと差し出した真澄は、わなわなと肩を震わせていた。

「これがどうした」
「だから、ありえないのよ!色が!」
「は?」

怪訝な声で聞き返すと、真澄はすぐに籠の中からひとつ、親指大ほどの大きさの果実を取り出して見せた。
シルヴィオは思わず目を瞬いた。球形のみずみずしい青い実を結ぶそれはユーベリアと言う名の甘い果実だった。
恐らくさっきまで茶でも飲んでいて、そのお茶請けにと出されたこの果実が彼女曰く「ありえない」ということなのだろう。

「この真っ青な実の色!見てよこれ、綺麗な青じゃなくていっそ蒼白よ!信じられない!どれだけ着色料使ってるの!?」
「……お前の世界の単語をやたら持ち込むのやめろ」

どうやら彼女にとって青い果実、というものは珍しいらしい。
しかしそこまで騒ぎ立てられてもこちらが困る。別にこの世界ではそれはどこにでもある果実で、デザートなどによく使われているほどだ。

これは人間の食べ物じゃないわ。
そう豪語する真澄に呆れ、シルヴィオは真澄が持つ籠の中からひょいとユーベリアを一つ、摘み取った。

「普通だろ」

今まで何度も食べたことがある。シルヴィオはぽい、とユーベリアを口の中に放った。

「だ、大丈夫?お腹壊さない?」
「壊す訳ねえだろ。そんなんだったらとっくに俺は死んでる」

世界が違う、というのは本当に困りものだ。シルヴィオは心の中で嘆息した。
どこか甘酸っぱさが残るその果実を咀嚼して飲み込む。
しかし食べている時も食べ終えた時も、目の前の真澄の心配そうな顔はちっとも変わらなかった。

「食えるって言ってんだろ」
「で、でも……」
「食べないんだったら口移しで食わせるぞ」
「……うっ」

何故そこで詰まる。

「た、食べ、ます」

まるで崖の上から紐無しで飛び降りるかのごとく真剣な顔付きで、真澄は小粒のユーベリアを手に取った。
それからちら、とこちらを見ると、決心がついたらしくすぐにぱくりと、さっきまで騒いでいたその青い果実を口にした。

「……あ」

恐々味を確かめるようにしてユーベリアを食べていた真澄の表情が、数秒後にはふっと柔らかくなる。

「美味しい……かもしれない……」
「どっちだよ」

どうやら杞憂もすぐに過ぎ去ったようだ。
今の真澄は、部屋の中にいる数人の侍女とユーベリアを分けて食べながら笑っている。
だからうるさい。とっととどこぞで行われているティータイムに戻れ。そう言おうと思ったが面倒だったのでやめた。

シルヴィオはまた机の上の書類を手に取った。口の中にはまだあの甘酸っぱい味が残っていた。
口移しで食べさせる、と言った時の、真澄のぎょっとした顔が頭の隅にこびりついている。
シルヴィオはすっと己の親指で口元をなぞった。

彼女一人くらいどうってことはない。ただどこにでもいる一人の少女だ。女などこの世界にごまんといる。
しかし、ああ、まったくこの少女は―――。









人の気持ちも知らないで

(そんな展開にはまだ早い)













カップリングアンケート1位、シルヴィオ・キア×高木真澄
Thanks 4th Anniversary!


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2008/09/20