Garten  -02









かちゃり、と白いテーブルの上に細かな彫刻が施されたティーセットが置かれる。
流れるように優雅で、それでもテキパキとした的確な仕草には思わずうっとりと見惚れてしまう。

真澄は目の前で揺れる、ブラウン色の髪を透かして差し込む太陽の光を飽きることなく眺め続けた。
いったいどの親の遺伝子を持ってすればこんなに美しい子供が生まれるものなのだろう。
ティーポットから二つのティーカップへ明るい茶色の飲み物を注ぎながら、見られていることに気付いた当の本人は顔を上げて苦笑した。

「あ、ごめんね、こんな場所でお茶なんて。中の方がよかった?」
「いえ全然大丈夫です!こちらこそ、勝手に中庭に入っちゃって」

真澄は慌てて否定してから改めて辺りをぐるりと見回してみた。
白塗りの石壁に囲まれた広い中庭、その真ん中に幾つか備えられている、休憩用の白の洒落た丸いテーブルと椅子。
その中の一つにたった今出くわしたばかりの人物と面と向かって腰掛けているなんて、夢のようだった。

綺麗に刈り入れられた緑の芝生、中庭の道沿いには花壇が沿って続いている。少し離れた場所には小さな噴水もある。
まるで小さな庭園みたいだ。いや、楽園と称すべきだろうか。
すっと差し出されたティーカップを受け取って軽く頭を下げながら、真澄は心の奥がこそばゆくなるような感覚を覚えた。

「でも、やっぱり嬉しいな。女の子とお茶できるなんて久し振り。ほら騎士団ってほとんど男ばかりだから」

本当に嬉しそうに笑む騎士のその一言で真澄は確信を持った。
やはりこの人物は騎士団に所属しているのだ。ずっと聞きたいと思っていた、それでもなかなか聞けなかったことが胸の中で膨らみ始める。

聞いてしまおうか。しかしそこまで考えて、話しかけようとした真澄の口は開いたまま停止した。
思えば何故かこちらの名前を知っているから打ち解けたが、まだ自分は相手の名前を聞いてさえいない。
するとそのことをいち早く察知したのか、茶を淹れ終えた騎士ははっと目を見開いた。

「ああごめん、紹介まだだったっけ。私はサシャ・ハインツ・ネッセルローデ、好きに呼んでいいよ」
「えっと、じゃあ……サシャさん?」
「はいはい」

今の流れで辛うじて聞き取ることの出来たファーストネームを呼ぶと、サシャはにこにこと輝かしい笑みを見せた。

「その前にあたしのことも、その、『様』じゃなくていいです」
「でも貴女は一応彼の妾な訳だしね……」
「メカケ?」
「ううん何でもないよ。じゃあ、真澄ちゃん」

親しげなその名前で呼ばれたのはいったい何日振りのことだろう。
じんと心の奥が暖かくなって、うっかり泣きそうになってしまったほど感動した。

元の世界では色々なあだ名があったり呼び捨てで呼ばれていたりもしたのだが、いざこの世界に来た途端に、あの国王からはもはや整理番号のような名前を付けられるわ、侍女も畏まって「真澄様」と呼ぶものだからずっと違和感が拭えずにいた。
ここに来てまっとうな未来への兆しが見え始めるとは、どこまでも運が強いことに感謝だ。
真澄は嬉しさに弾む心を抑え付けながら、あくまで真剣にサシャの顔を見詰めた。

「サシャさん、騎士団に『ガラヴァル』って男の子いますか?」
「ガラヴァル?」

茶を淹れたばかりのティーカップを口元に持って行きながら、サシャはしばらく視線を宙に彷徨わせた。

「崇高な名前だね。うーん……私の記憶ではそんな子いないけど。騎士団じゃなくて兵士団かな?あ、兵士団にもいないか」

若干期待していただけに、高揚していた真澄の気分は少しだけ下降した。
騎士でもない兵士でもない、ではガラヴァルはいったいどこに属しているのだろう。
剣を持っていたから単純に騎士と決めつけるには尚早だったのだろうか。

ならば今度は帰りの挨拶もきちんと済ませて、彼がどこに属しているのかも忘れずに聞こう。
強く決心を固めた真澄に対し、物腰柔らかく、サシャがティーカップをすっとテーブルの上に置いた。

「ね、じゃあ今度は私が訊いてもいい?」
「はい」

そう言えばサシャはどうして自分の名前を知っていたのだろう。新たな疑問がまた顔を出す。

「シルヴィオのどこが好き?」

テーブルに身を乗り出されて近くなったサシャの面白そうな顔を、真澄はただ漠然と見詰め返した。
何を問われたのだろう。今聞いたばかりなのに質問の内容がまるで思い出せない。

「……へ?」
「シルヴィオだよ、あの無愛想な現国王。真澄ちゃんの隣で生活してるでしょ?彼のどこが好き?」

飲み込めた、と言うよりは強引に丸呑みした。
どうやら侍女に同じく、サシャにまで何か誤解されているらしい。

真澄はあははと乾いた笑いを漏らしながらテーブルの上のティーカップを取った。
シルヴィオのどこが好きと言われてもこの場合、「キリンさんが好き、ゾウさんが好き」程度の好きではないのだと分かってはいる。だがどう答えたものか。

「えっと……その、色々誤解されてるって言うか……。あたしはただ、シルヴィオにはお世話になってるだけで」
「でもシルヴィオと交流があるんだよね?」
「いやそんなには……って、あ!もしかして愛人とか言うあれですか!?」

自分の知らない内に騎士団にまでその噂が流れてしまったとは。
道理で一度も会ったことの無い騎士まで自分の名前を知っている筈だ。

「違いますよ、それこそ誤解です」
「どうかなあ」

愛人と言うよりはむしろ目の敵にされている気がする。
無事に元の世界に帰ることが出来た暁には、今までの生活費をご丁寧に明細書まで添付の上で請求されそうだ。
シルヴィオなら本当にやりかねないと想像して怖くなったので、真澄は今の考えをすぐに頭の中から消去した。

「え、えーっと!シルヴィオはまだ結婚してないみたいですけど、サシャさんは好きな人いるんですか?」

何とか自分の話題から話を逸らすために、真澄は適当に思い付いた質問をぶつけてみた。

「私?今はいないかな」

恋愛話に過剰反応をすることもなくさらりと答えるサシャの顔は、本当に意中の相手はいないのだと語っている。
見目麗しい綺麗な女性なのに、やはり騎士団にいると男運に恵まれないものなのだろうか。

(もったいない……)

シルヴィオもそうだがサシャも自分より幾つかは年上に見える、この国ではそろそろ身を固める時期であろう。
真澄は紅茶らしき飲み物を口にしながらサシャの顔を盗み見た。
やはり高嶺の花に男は臆病になってしまうのだろうか。それともサシャの理想が高いのだろうか。

しかしそこでふと思い当たった。サシャはさっきからシルヴィオのことを「シルヴィオ様」でも「王」でもなく呼び捨てにしている。
これはもしかしたらもしかするのかもしれない、真澄は改めてサシャの顔を凝視した。
今のサシャは感慨深く、紅茶を飲みながら空の彼方を眺めている。

「じゃあシルヴィオと結婚したらどうですか!?」

唐突ではあったが真澄のその一言に、ぶっ、とそれは豪快に、サシャは口にしていた紅茶を吹き出した。

「わっ私が!?」
「はい、絶対お似合いですよ!」
「在り得ないって!なんで私があんな奴と!」

サシャは目に一杯の涙を浮かべながら腹を抱えて笑い出した。
意外だ。シルヴィオの隣に立っても引けを取らないだろうと思ってしまうのは自分だけなのだろうか。頭の中に思い描いた二人の華やかな姿は結構上手く行っていたのだが。

真澄が残念そうな解せないような表情を浮かべていると、笑いの波が引きつつあるサシャは涙を拭いながら口を開いた。
それでもまだ声が笑いに引き攣っていたが気にしないようにした。

「そうだね……まあ昔から彼とは顔見知りだし、時々ふざけて苛めることもあるけど」

サシャは一拍大きく息を吸うと、その勢いで大きく手を横に振ってまた笑った。

「なんて言うか、根本的に無理だね。似た者夫婦って言わない?あれと似た感じ。例えシルヴィオに頭下げられても土下座されても、絶対に無理!」

そこまで言い切るとは、余程彼のことが嫌いなのかそれとも好みではないのか。
サシャの言葉と同時にシルヴィオの頭を下げる姿や必死に土下座する姿が思い浮かべられて、普段は威圧感あるシルヴィオが何だか不憫に思えた。

笑いの収まったサシャは空のティーカップに新たに紅茶を注ぎ足している。
近くの廻廊を時折数人の侍女が世間話などを交わしながら通り過ぎていく。
平和だ、と思った。いつまでもこの時間が永遠に続けばいい。

「シルヴィオには私じゃなくて、純粋に可愛い子が似合うよ」
「あ、あたしもそう思います」

真澄が何杯目かの紅茶をおかわりした時にそれとなく呟かれたサシャの一言に同意したら、サシャは呆気に取られた顔をして、それから眩しそうに微笑んだ。

「ま、そういうことかな」













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2007/12/26