―――我か?我の名はガラヴァル、真澄は異国の人間だから知らないだろうが。

では、彼はいったい誰だったのだろう。
新たに考え直す隙も与えず、シルヴィオの手が伸びてきたのは一瞬の間だった。









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あまりに強く引っ張られて思わず真澄は顔をしかめる。
いつかこうなるとは予想していたが、それにしても本当に無礼な扱い方だ。

秘書と言う名目も表だけのものだから何とも言い難いが、それにしてももっとこう、女性には優しく接するものではないだろうか。
この国における最低限の紳士的な態度はいったいどこへ行ったと怒鳴ってやりたい。

「だーかーらー!誤解だって言ってるでしょ!あたしはスパイじゃないって!」
「その台詞は聞き飽きた。付くならもっとマシな嘘を付くんだな」

真澄はそのままシルヴィオに部屋から引っ張り出されて、隣接する彼の部屋に引き摺られる。
部屋には二人の剣幕を聞きつけた侍女が何事かと待機している姿も見受けられる。

周りの野次馬もお構い無しに、真澄はシルヴィオの手によって乱暴に壁に押し付けられる。
真澄が痛みを堪えて顔を上げると、そこではシルヴィオの鋭い瞳が不気味に光っていた。

「言え、仲間はどこだ」

周りの侍女たちが顔を真っ青にして何事かと取り乱している。
中には甲高い悲鳴を上げて失神する侍女もいる。
あーあ、余程育ちがいいんだろうな、なんて場違いなことが浮かんでしまうのはひとまず置いておこう。

この際スパイでなくともスパイだと認めた方がこの場が収まるのではとも思ったが、シルヴィオはきっとスパイなら容赦なく刑にかけるだろう。
とりあえず今は無罪を主張するより他に方法がなさそうだった。

「あんたのマイクロ単位でも存在してたあたしへの信頼はどこに行ったのよ!」
「今ので吹っ飛んだ。早く言えっつってんだろ」
「人を疑うにも程があるでしょうが!だいたい仲間なんてこの国にいたら、嬉しくてこんな深刻な顔してないわよ!」

しかしどんなに真澄が否定しても彼の眉間の皺はなくなることがなかった。
真澄の言葉にシルヴィオは一瞬背筋が凍るような悪人面した笑みを見せたが、瞬く間に元の仏頂面に戻るとずいと顔を近付けてきた。

「自分の立場を知れ。お前は俺の手の中だ。俺が国随一の猛者だってこと知らねえのか?」

シルヴィオは真澄を取り押さえる手と反対の手で長剣の柄に手をかける。
それを認めた真澄はさすがにぎょっとした。

「待っ……タンマ!」
「待たねえ」
「だからっあたしはスパイじゃない!部屋にいたら、急にガラヴァルって人が飛び込んできて話し込んでただけ!」

そうだ。それもこれもガラヴァルが急に姿を消したりするからだ。
だから自分はこうして謂れの無い罪を着せられて、シルヴィオ自身による尋問をまともに受けてしまっているのだ。

だが今にも剣を引き抜きそうだったシルヴィオの動きは、今の一言で奇妙なほどぴたりと止まった。
真澄が恐る恐る目線を上げてみると、目の前のシルヴィオは珍しく驚きで目を見開いていた。

「お前、どこでその名を知った?」
「どこでって言われても……あの少年が自分の名前はガラヴァルだって」

話し終えるか終わらないかの内に、真澄はシルヴィオにぐんと前方へ強く腕を引かれた。
まったく今日はよく引っ張り回される日だ。内心でこっそりと溜め息をつく。

シルヴィオは慌てふためく侍女たちを退けて、真澄の腕を引いて部屋を出て行く。
部屋から出してもらえたのは久し振りだったが、そんな嬉しさなど微塵も感じなかった。
この時の真澄の胸にひしひしと残るのは、絶え間ない恐怖ただそれだけだった。

真澄はしばらくしてから、まさか、と思った。
もしかしたらこのまま自分は処刑場へ連行されてしまうのかもしれない。

どこに行くの?そう聞きたかったが、ぐっと言葉すべてを飲み込んだ。
もうなにも聞けなかった。思い違いでもシルヴィオにスパイとして見られてしまったのだ、もうなにを弁明しても無駄だろう。

何故か心の奥が悲しみで塞がっていくのが分かった。
元の世界に帰ることが出来なくなってしまったから、それともシルヴィオに見放されたからだろうか。

ただただ、どうしようもなく苦しかった。
目の前で揺れる大きな背中を見つめながら、言葉では言い表すことのできない、胸を潰すような想いが喉の近くまで競り上がってきた。













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2007/03/21