ラルコエド国、近隣諸国にまで名を馳せる大国でもある。
若いながらも王として君臨するシルヴィオには、国内外問わず誰もが恐れと敬意を抱いていた。

しかし空が白み始め、地平線に陽が顔を出しかけたとき、ここ数年の間平和だったラルコエドに異変が起きた。
広大なラルコエド国の最北には小都市コルネリアが位置している。その小都市に、突然どこかの軍隊が攻めてきたのだった。
人々は抵抗する間もなく捕らえられ、もちろんこの都市にもラルコエドの軍が駐留してはいたのだが、不意打ちに大した反撃をすることもできなかった。

「ここコルネリアは、本日よりフロール国の支配下に置く」

人々に数多の剣先を突きつけ、フロール国の軍隊と名乗った彼らはそう高らかに宣言した。
このまま殺されてしまうのか、それとも捕虜となって過酷な日々を生きるのかは、誰にも分からなかった。
朝日が完全に地上を照らし出した時には、コルネリアは完全に地域ごと人質に取られていた。

コルネリアの人々は不安に怯えつつも王都、国王へと助けを願った。
沈黙を守っていた西の隣国フロール国から宣戦布告のための馬がラルコエド城に着いたのは、コルネリア陥落から五日後のことだった。









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シルヴィオのだだっ広い部屋で、早朝だというのに数人の侍女が慌しくなにかの用意をしている。
真澄は手伝おうとは思ったものの、彼女たちのあまりの行動の早さに思わずうっと詰まった。

大きな長机を運んできて、その上にテーブルクロスをかけて、花を添えて食器を揃えて。
いったいなにが始まると言うのだろう。首を傾げて見詰める真澄に気付いたのか、一人の侍女が顔を上げるとにこりと笑んだ。

「朝餉の用意ができましたので、暫しお待ち下さいませ」

真澄は彼女のその一言でようやくこの状況に合点した。
そう言えば今日は起きてからすぐに元の世界、特に日本の説明に追われたため、真澄は今の今まで朝食のことをすっかり忘れていた。

「お前本当に運がいいやつだな。王と食事なんて滅多にねえぞ」
「はいはい。あんたの持論は分かったから」

急遽この部屋に用意されたにしては驚くほど豪勢な朝食の席だ。
席に着く際に侍女に椅子を引いてもらったのだが、それもなんだかお姫様みたいだった。

(いや、でも待って……)

しかし真澄は席についてから、はたと思い留まった。
元の世界とこの世界では大分世界観が違うのは昨日と今朝の内に実証済みだ。
もしかしたら食べ物に関しても結構視点がずれているのかもしれない。

真澄はこわごわとテーブルの向かい側に座るシルヴィオをちらりと見やった。
彼は真澄の視線に気付くとむっと眉間に皺を寄せた。

「なんだよ」
「えっと……この国の食べ物ってどんな感じ?」

シルヴィオは真澄の顔を見返しながら軽く考え込む。

「お前の世界と違うってことか?じゃあニホンでは何を食べた?」
「代表的なのは、ご飯にお味噌汁に魚にお肉」
「最初の食べ物はさっぱり分かんねえけど、魚や肉は食う」
「あ、でも姿焼きはやめて!カエルとかカタツムリとか!」
「……なんだそれ」

二人が食文化の交流に花を咲かせていた頃、テーブルの上には次々と朝食が運び込まれていた。
それはいったいあと何皿運ばれてくるのかと思ってしまったほどだった。

真っ白なプレートの上の食べ物を見てみたが、まったく違う、と言うことはない。
衣服がヨーロッパ的であったように食べ物もどことなくヨーロッパ的、こちらの世界でもナイフとフォークを使うのには感動した。
これで見たこともない食器が並べられていたら危うく恥をかいてしまうところだった。

「ナイフは右?」
「そう、フォークは左だ。……やっぱりお前スパイか?」
「どこまでも疑わないでよ。偶然にナイフとフォークがこの世界に浸透してて嬉しいんだから」

部屋の壁際に控えている何人もの侍女が、真澄の言葉のあとで途端に小さく首を傾げた。
しかし滅多なことで口出しはしないのがこの城に仕える者の掟らしく、彼女たちはそのまま黙っている。
やはりシルヴィオが怒るのだろうか。真澄は考えながらナイフとフォークを手に取った。

メインディッシュはどうやら一枚肉のようだ。その他にも色々と用意されていてデザートまで付けられている。
だがここまで食事が豪華だと気後れしてしまう。突然の来訪者の人間に、ここまで接待してくれなくてもいいのだが。

それに日本であっても滅多に使わないナイフとフォークだ。この際、慣れない手付きであるのは仕方ない。
だが真澄は久し振りのまともな食事に思わず感動した。
あえて出されたのは何の食材かは問わないでいようと思った。美味しいだけで十分だ。

「美味しい……っ!」
「そりゃよかった」
「シルヴィオって本当に絵に描いたような贅沢生活してるのね」
「喧嘩売ってんのか?」

今ではシルヴィオの不服そうな言葉も気にならない。
やはり人間どんな時でも色気より食い気、食料を目の前にちらつかせられたら敵わないなと思う。

目の前のシルヴィオもこうして黙っていれば美男子に見える。
ああ、まるで夢みたい。と思ってから、夢であって欲しいと訂正する。
いつまでこの世界で過ごせばいいのか分からないのだ。これが夢などではなく現実だから尚のことである。

(今頃みんな何食べてるんだろう……)

ふとそんな他愛無いもないことを考えたりする。
自分がいなくなったことに騒いでいるだろうか。もしこの世界から帰ることができたらきっと怒られるだろう。
いや、怒られるだけならまだしも、まさか警察沙汰にまで発展していないだろうか。

天然でどこか抜けているのに優しかった母。そんな母の尻に敷かれていた父。
こうやって思い返していると、普通の生活が次第に色褪せてしまうようだった。忘れるのも忘れられるのも辛かった。

「ナンバー7」

それまで黙り込んで食事に精を出していたシルヴィオが突然口を開いた。
真澄の意識は今まで考えたことを退けて、現実世界に舞い戻る。

「俺は今日も忙しい。お前の相手してる暇ねえから、適当にあの部屋で寛いでろ」
「本当に名目だけ……」
「いいな、不審な行動した途端に尋問にかけるぞ」
「ええ適当に寛がせて頂きます。でもそれならお城の中見て回りたいな……着替えの時にちょっと移動したくらいだし」

シルヴィオの視線が一瞬強くなった気がして、やっぱり今のなしと付け加える。

「シルヴィオ本当に忙しいの?」

侍女から見れば、今の言葉は彼氏や夫に対する仕事への嫉妬だと思えただろう。
しかしシルヴィオとそんな関係は微塵もない。

「国王だからな」
「国王、ね……。あ、シルヴィオのお父さんは?あんたが国王ってことはその前に父親が国王だったってこと?」

一瞬、部屋の中に奇妙な静けさが訪れた。
不気味な耳が痛くなるような静まり返りようは尋常ではない。侍女が黙っているのは当然だったが、それにしても顔色が冴えない。

何か失言でもしてしまったのだろうか。
真澄が驚いてナイフとフォークを持つ手を止めていると、突然どこからかからんという鈴を転がすような音が飛び込んできた。
その音を封切りにして空間がまた元通りの優雅な朝食の雰囲気に戻っていく。

「俺の父親は数年前に戦でな、戦死って知ってるか?」
「あ、うん……」
「俺は一人息子、だから世襲制で国王になった。それだけだ」

そう言うシルヴィオの顔はなにかを懐かしんでいるように見えた。
さっきのからんという音の原因であろう氷の入ったグラスをくるくると揺らしながら、まるでその時を思い返しているかのように。

戦死、その単語が現実に突きつけられるとは思ってもみなかった。
いったいこの国は今まで何回の戦争を繰り返してきたのだろう。
真澄はシルヴィオの顔をもう一度盗み見てから、一気にグラスの中の液体を胃に流し込んだ。













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2007/01/03