どこかで小鳥が鳴いている。部屋の中にまで差し込んでくる太陽の光が眩しい。
もう朝なのだろうか。寝て一日の疲れが取れたはずなのに、なんだかどっと疲れた気がする。

真澄は大きく伸びをしてうーんと寝返りを打った。
ふかふかのベッドが羽の中に埋もれているかのように気持ちいい。
あと数分だけ、数分経ったら起きよう。だいたいそんなことを考えた時、ひんやりとしたものが何の前触れもなく頬に触れた。

「起きろ、ナンバー7」









Anfang  -05









微妙に聞き覚えのある低い声に真澄はぴたりと行動すべてを止めた。
脳内回路は一瞬思考停止して、それからすぐにエンジンがかかったように動き出す。

真澄は勢いよく目蓋を持ち上げると同時に跳ね起きた。
案の定、ベッドの端に腰かけてこちらの顔を伺っていたのはシルヴィオだった。
何故彼がこの部屋にいるのだろう。確か昨夜、強引にこの部屋に閉じ込められた挙句、鍵までかけられたのではなかっただろうか。

「シルヴィオ!?」
「さすが、昨日のお前の来訪は夢じゃなかった訳だ」

こっちだってこの一連の出来事が夢だったらどんなに嬉しいものか。
訳の分からない部屋に押し込まれて窮屈な生活なんて送りたくない。いや、それよりもこの際重要なのはそこではなく。

「なんであたしの部屋にいるのよ!」
「昨日朝になったら開けてやるって言っただろ。わざわざ俺が出てきて直々に起こしてやってるんだ。感謝しろ」
「だからって年頃の乙女の部屋に入ってくるなんて最っ低!」

清々しい朝の目覚めは一変して最悪だ。
真澄は起き上がったその勢いで強引にシルヴィオを部屋から締め出した。
まったくあの無神経さをどこで取得したのか、いっそ感心する。真澄は激しく閉めた扉の前でふうと一息ついた。

すると何故か再び、かちゃりと扉が遠慮がちに開く。
真澄が何事かと逡巡していると、入れ替わり立ち代り、今度はシルヴィオではなく一人の若い侍女が顔を覗かせた。

「真澄様、お召し替えを」
「あ、有難うございます!」

侍女が抱えているのは、今着ているものとは違う色とデザインのドレスだった。
今のドレスは綺麗な濃い真紅色だが、今度は落ち着いたベージュ色をしている。相変わらずレースが目に付いたが黙っておいた。

「では後ろをお向きになられて下さい」
「え……いや自分で……」
「私共の仕事ですから、さあ」
「え!?大丈夫です!本当に自分でできます!」

にじりにじりと確実に迫ってくる侍女の笑顔が完璧すぎて逆に怖い。
自分でできるのだと必死に訴えても、彼女はまったく聞く耳を持ってはくれないようだ。

「着付けなど何なりと仰って下さい。真澄様は城内で未来の妃様と噂されてますし、私達もやりがいがあります」
「それ違います!完全に捏造!」







今日の仕事内容を確認していたシルヴィオは、隣の部屋から聞こえてきた只ならぬ悲鳴にぎょっとした。
どうやら声色からして真澄本人のものらしい。
こんなに朝早くから、いったい何をそこまで怯えているのだか。シルヴィオは肩を竦めて嘆息した。

(夢じゃないのか……)

思い返してみればなんとも不思議だった。
昨夜、珍しく早く眠りにつけると思ってベッドに入ると、その瞬間に勝手に部屋の扉が開いた。

暗い部屋から見た扉の傍には、逆光を浴びて一人の人間が立っているのだとすぐに分かった。
侍女か誰かなのだと思った。だが突然現れた少女は、バスタオル一枚で呆然としたまま扉の傍に立ち尽くしていた。

いったい真澄はどこからこの城に侵入したのだろう。
ラルコエド城は昨夜も厳重警備の下に置かれていた。言うまでもなく、警備体制はいつも通り万全だった。
それなのに警備兵の誰も、真澄の存在に気付かなかったらしい。

これは詳しいことを訊かなくては。
今も木霊する真澄の悲鳴を受け流しながら、シルヴィオは一人決心した。













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2006/12/26