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「あ、えーと……」

真澄は彼の質問に答えようと思って、しかしどの話題から切り出せばいいのか分からなかったので口篭った。
ここはどこなのか。あなたは誰なのか。どうしてこんな状況になっているのか。
なにかを伝えなければならないと分かってはいるのだが、そのなにかを口走った途端に目の前に突きつけられている短刀が突き立てられるかもしれない。

どうやら困惑よりも恐怖が先に立ったらしい。
なにを考えても頭の中は真っ白。名案を考えようにも、頭がただ空回りするだけで肝心の単語さえも出てこない。

怖い、いったい彼は誰なのだろう。
もしかしたら自分が入浴していた隙に家に強盗でも押し入り、そのまま家ごと乗っ取られてしまったのかもしれない。
真澄が口を噤んで黙りこくると、今まで強い姿勢を崩さなかった男は急に短刀を下ろして、そのままそれを鞘に収めた。

「こんな女にスパイなんぞ、よく頼んだな」
「……スパイ?」

真澄が恐る恐る尋ねると、彼は腰に手を当ててずいと顔を覗きこんできた。

「どこからどう見てもスパイだろ。密告人」
「そんな、あたしスパイじゃありません!」
「スパイのくせに敬語使うな。白々しい」
「なっ!?あたしスパイじゃないってば!」
「じゃあなんだその恰好」

じろりと、彼の視線が下に移動したので、真澄も自分の体を見下ろした。
そしてこの時、真澄は今までにないくらい度肝を抜かれた。

自分の恰好を改めて見てみると、身に纏っているのは大判のバスタオル一枚だけ。寒いなと思ったら髪だって濡れたまま乾いていない。
さっきまでシャワーを浴びていたのだ。当然と言えば当然だが、この状況はあまり宜しくない。
この際肝心なことは、うら若き乙女が異性の前でバスタオル一枚と言う状況だ。

「よくもまあこんな恰好で俺に取り入ろうとしたもんだ」
「してないわよ!それよりここどこ!」

真澄はぺたんとその場に座り込んで体を隠すように身を縮めた。
必死に身を隠そうと努めるが、バスタオル一枚だけではどうにもならない。

その場に座り込んだからであろうか、彼との身長差が開いたお陰で余計に彼の背が高く、そして威圧感も大きく見える。
恨めしく睨み上げた彼の顔は、今や面倒そうに歪んでいた。

「新手のスパイだな……勘弁してくれ……」
「勘弁して欲しいのはこっちよ!だってここは本当はあたしの家で、洗面所なんだから!」
「ほーお、お前の城の洗面所は王である俺の寝室と同じくらい広いのか」
「そんな訳ないでしょ!あたしの家の洗面所はあそこにあるベッドの大きさ未満よ!」

ちょうど近くに天蓋付きの大きなベッドがあったので、真澄はそのベッドを指差して叫んだ。
口論していて無性に虚しくなったが、口にしてしまったものは仕様が無い。

まったくなんて家だ。こんなにも広い部屋と大きなベッドが割り当てられているとは、本当に我が家ではないではないか。
だが今のやり取りの中で何かが心のどこかに引っかかった。
目の前に偉そうに立つこの男は今、何か聞きなれない単語を口にしなかっただろうか。

「……城、って言った?それと、王って?」
「それがどうした」
「訊くけど、ここってあたしの家だよね?」
「俺の城だ馬鹿者。例えお前の家だとしても、俺はこんな使用人雇った覚えはねえよ」

情け容赦ない言葉に頭の中がまた混乱し始める。
身に着けている物から判断して、絶対今の今まで入浴していたに違いないのだが。それも自分の家で。

「ちょっと待って。じゃあ……ここってどこ?」
「お前何も分かってねえのか呆けたふりしてるのかどっちだ?」

男はふうと気だるそうに一息つくと、いかにも面倒そうに口を開いた。

「俺の国だ、ラルコエド国」













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2006/12/26