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瞬きをしたその一瞬の内に、周りの風景は一変していた。
ちら、と手元を見る。僅かに水の滴る右手は今は何故か木製の、シックで大きい扉を開けていた。

本能がさっきからしきりに、ここは自分の家ではないと告げている。
辺りは真っ暗で視界が利かないためによく分からない。時刻的に夜だという事実に変わりはないが、それにしても暗すぎる。
いったい誰が部屋の電気を消したのだろう。真澄は思わず小首を傾げた。

しかし幾ら考えてもその理由は判然としなかった。
部屋の電気をつけたまま入浴した記憶は確かにある。それなのに、たった今バスルームから出てきただけだと言うのに、異常なまでのこの暗さが分からない。

(……なん、で?)

考え込む真澄をよそに、周囲の風景が闇を背景にして薄らと浮かび上がってきた。
どうやら慣れない暗がりにもようやく目が慣れてきたらしい。真澄は数回瞬きをしてから恐る恐る辺りを見回した。

だがそこで真澄の目に飛び込んできたのは、自分の家にあるべきはずもないアンティーク調で揃えられた調度品の数々だった。
椅子、テーブル、カーテン、置物、天蓋付きのベッド、シャンデリア、どれもが豪邸にあるかのような代物だ。
真澄は唖然としたままその場に固まった。

果たして我が家にこれだけのいかにも高級そうな品々は揃えられていただろうか。俯いた時に目に入ったのだが、足元にはふかふかの絨毯まで敷き詰められている。
変だ。確か家はフローリングと畳の和洋折衷型のはず。こんなに見事な絨毯を敷いた部屋はない。
思わず、はて、と額に手を当てて考え込む。しかし心当たりはまったくない。

(どういうこと?)

変化に対応できていないのか、脳の回転がいまいちはっきりしない。
入浴するまでは特にこれと言って特に目立った変化は見受けられなかったような気がする。
ただどこかおかしいと感じたのはいつだったろう。そう考えて真澄は、あれ、と若干思い当たることがあって眉をひそめた。

確かあれはいつも通りシャワーを浴びて入浴を済ませた後だった。
朧な記憶は頼りなく定かではないが、バスルームを出て隣接する洗面所に行こうとして扉を開けた、その直後になにか眩暈に襲われた気がする。
あれは単なる立ち眩みか何かだと思っていたのだが、考えてみればその後の記憶が曖昧だ。

「まさか……ね」

真澄はやや自嘲気味に小さく笑って首を横に振った。
可能性があるのは、眩暈に襲われたまま昏倒して今は夢の中にいるのだと言うこと。
考えたくはなかったが次点、これは両親による手の込んだドッキリであると言うこと。

しかし後者の案は頭の中からすぐに払拭された。
真澄がこれまで住まっていた家の部屋はこんなに広くない。今時の極普通の新興住宅だ。
この見るからに豪華絢爛な部屋は自分の家の総面積、いや下手をするとその倍くらいあるかもしれない。それくらいどこまでもだだっ広い。

「夢、夢、きっとこれは夢」

真澄は渾身の力を込めて思い切り強く頬を引っ張ってつねってみた。
しかし夢だと思っていたこの異様な風景は掻き消えてはくれず、辛うじて残ったのは周期的に疼く鋭い痛みだけだった。
どこからか嫌な予感が忍び足でやって来て、真澄の背筋をそろりと撫でた。

俯いてこの状況を理解しようと健闘していた真澄の視界に、なにか青白く光るものが入ってきたのは頬を抓ったすぐ後のことだった。
この暗がりに似つかわしくない光に思わず顔を上げる。そしてそこでまたもや絶句した。
いつの間にか真澄の目先に突きつけられていたのは、青白く光る「短刀」だった。

「言え。誰に命じられてここに来た」

頭上から聞こえてきた低い声にぞっとする。
短刀に気を取られて気付かなかった。いつの間にか目の前には、自分より背の高い男が立ってこちらを見下ろしていた。
彼は慣れた手付きで鈍色の光を放つ短刀をこちらへ向けている。そして闇の中で光る彼の二つの眼光は、あまりにも鋭かった。

「言わないのなら命は無いぞ」

おかしい。真澄は身体中に冷や汗を感じながら今度こそ確信を持った。間違いなく、ここは自分の家ではない。
彼は母親でもなければ父親でもない。自分は一人っ子だ、兄はいない。
それに短刀なんて物騒なもの、いったいこの青年はどこから取り出してきたのだろうか。

真澄は今度こそ完全に言葉を失った。
急に突き出された夢のような現状、あまりに目まぐるしい展開は、まったくと言っていいほど理解できなかった。













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2006/12/26