部屋の真っ白な窓辺から、朝の清々しい光が差し込む。
ふと目を覚ましたレイナは、その黄色い陽光に目を細めながら目蓋をゆっくりと持ち上げた。

「レイナ様、朝です」

心のどこかが安心するような、そんな優しい声が部屋の扉の向こうから聞こえる。
それは唐突ではあったが、途端に真帆は自分の心臓がどくんと強く拍動したのを感じた。

レイナは少し逡巡してから、起こそうとしていた身体をもう一度ベッドの中に戻した。
彼が義務でもいい、そこにいてくれるのなら、時間の許す限り永遠にこのままでいたかった。









Eternal time









最近の新聞紙上では、近代科学についての功績が引っ切りなしに取り上げられるようになった。
日を追う毎に進化していく最先端技術、急激に伸びていくその進化はもはや誰にも止められないとまで言われた。

数十年前、世界中から集められた優秀な技術者と科学者から編成された天才的チームが、それまでの科学史を塗り替えたのはまだ記憶に新しい。
外見が人間によく似たロボットの発明だけならまだしも、彼らはそのロボットに「心」を植えつけたのだった。
それは人間に近い人情的な判断をし、それなのに主人には逆らわないという一定の制約つきの「心」ではあったが、神の領域とも囁かれたその技術革新に、当時のメディアは挙って取材につめかけたものだった。

その「心」を持ったロボットは、人類の長年の夢だったある場面において活用された。
それが――。

「リク?」

レイナの一声で扉の向こうの声はぴたりとやんだ。かと思えば、すぐに扉が軽く数回叩かれる。

「レイナ様、起きていますか? 朝食の支度ができましたのでどうぞ」
「……無理」

扉の向こうの声に高鳴る心を抑えつけながら、レイナは布団に顔を埋めた。

「どうしましたか? 風邪でも?」
「……うん。ちょっと、気持ち悪いかも」

考える、というそれまでロボットには難解とされた行為も、「心」の開発と同時に彼らに組み込まれたのだ。
家事を手伝うための、人間の助力となるような最先端ロボットをつくり上げるために。

恐らく扉の向こうに立っているであろう、レイナがリクと呼んだそれも最先端ロボットのひとつだった。
今の時代、一家に一台家事ロボットがいるのは当たり前のことになっていたて、その余波に飲み込まれたレイナの家も例外ではなかった。リクは数年前にこの家に来た。

しかしロボットと一口に言っても、姿はもちろんのこと肌の感触や髪まで人間そっくりに作られている。
一目でロボットと人間を見分けられる人間など滅多にいないだろう。
レイナはリクを見て、本物の人間がそこにいるのではないかと疑ったくらいだった。

――リクです。よろしくお願いします。

優しく、まるで旧来の友人のような暖かい笑みを見せるリクは、こうしてレイナの家族の一員になった。
彼はいつも命じたことを忠実にこなす、ともすれば人間以上の器用さを持っていた。

だがレイナはリクと初めて対面した瞬間からと言うもの、心臓が高鳴り続けて仕方なかった。
リクはロボットなのだと知っているのに、日に日に彼とすごす時間を手放したくないと思ってしまう。
こんな異端の恋など決して認められるはずないと分かっていても、静まることを知らないその感情は自分ではもうどうしようもなかった。

レイナがリクの問いに答えたきり、しばらく沈黙が流れた。
窓の外から、朝の訪れを告げる小鳥のさえずりだけがはっきりと聞こえてくる。

「リク、入ってきて」
「ですが……」
「大丈夫。少し頼みたいことがあるだけだから」

躊躇いがあったのだろうか、リクは渋々レイナの部屋の扉を開けてその姿を見せた。
ロボットとは言え、彼はレイナにとって異性という設定上、一応は気をつかってくれているのだろう。

リクはレイナの思ったより健康そうな顔色を確かめるなり、ほっと安堵の溜め息を漏らした。
その端正に作られた顔は、レイナの心をいっそう高鳴らせた。

「ええと、気持ち悪い……ですか?」
「少しね」

白い布団の中で苦笑するレイナに、リクも困ったように笑って返した。

「では父さんと母さんも心配してましたから、レイナ様はお粥にしましょうか?」

穏やかな雰囲気の中で自然と紡がれたリクの言葉に、だがレイナはむっと眉根を寄せた。

「なんで母さんと父さんはそう呼ぶのに、私には『様』づけなの?」
「……え」
「ねえ、普通に呼んで」

そのときレイナに強くつめ寄られたリクは、正直どう言えばいいのかと困惑していた。
もっとよく言えば、誰よりもレイナのことを呼び捨てにするのは、彼にとって最も勇気がいることだった。

――気にしなくていいのに。リクは、私の家族でしょ?

この家に配属された当初、なにも知らない自分に甲斐甲斐しく世話を焼くレイナに心が惹かれてしまったとは、口が裂けても言えない。
自分の心情など知らないレイナは、進んで自分の仕事である家事を手伝い、さらには街にもよく連れ出してくれた。
そうして二人並んで歩く姿はまるで恋人のようだと、うっかり思ってしまったこともあった。

どうして、どうして自分はロボットに生まれてしまったのだろう。
何故カミサマは自分を人間にしてはくれなかったのだろう。

だが人間への思慕の情など、本来はあってはならないことだ。
ロボットの規定には、人間と恋人になることなど含まれていない。こんな想いなど、ある方がおかしいのだ。

そうしてぷっつりと黙り込むリクの一方で、レイナは布団の中からすっと両手を伸ばした。
その手は難しい顔をしている彼の肩を掴んで、レイナ身体は布団の中から起き上がる。

「レイナ、様……」
「あー駄目駄目。もう気持ち悪くて無理」

レイナはリクを抱き締めるように、腕を彼の背に回した。
拒否されてもいい。突き放されたとしてもいい。
彼はロボットなのだ、自分の気持ちなど分かるはずがないだろう。いっそ拒まれた方がこの気持ちに諦めがつくのではとさえ思った。

しかしその行動に呼応するように、自分の背にリクの腕までもが回されて抱き締められたとき驚いた。
どこからかいい匂いがした。それはまるで陽だまりのような、温かな匂いだった。

「変なの……リク、人間みたい……」

リクの腕の中は本当にじんわりと温かかった。
ロボットという人間によって作られた存在は、いったいどこまで人間に近づくと言うのだろう。
そのうち、彼らは人間と同じ場所まで登りつめてしまうのだろうか。

「リクが名前呼んでくれたら、具合よくなる……かも」

ぼそりと呟くレイナの言葉に、リクはぷっと笑い出した。
そして彼はいっそう強くレイナを抱きしめる腕に力を込めながら、

「レイナ、一緒に寝てあげようか?」

とてつもないオマケまでつけて返してくれたのである。

レイナはこの瞬間、本当にリクが人間だったらいいのに、そうすれば迷うことなく想いを打ち明けられるのにと考えてしまった。
リクはレイナを抱き締めながら、ただ、笑っていた。













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06/01/03