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Endless time 隣で歩く彼の姿はとても自然だ。 自分より頭一つ分くらい背が高くすらっとしている、どこにでもいそうな一人の人間そのものだろう。 ただどこか周囲の人間と違うと言えば、彼はきょろきょろと引っ切りなしに街の風景を見回していることだろう。 彼のその瞳は、今や新たな発見を見つけたと言わんばかりに燦然と輝いている。 無理もないな、と、真帆は思った。 それもそのはず、彼――セシルは、ありとあらゆる最新技術を駆使して作られた高知能を持つロボットだった。 だが真帆たち凡人の目には、彼はまったく人間に映った。 このロボット技術開発に携わった研究者の中でも極一部が、人間とロボットとの区別を付けることができるらしい。 けれど少なくとも、この街を歩く人々の中でそんな超人的な目を持った人はいないだろう。 「セシル?」 家を出てからずっと街全体の細部まで興味深そうに眺めていたセシルだったが、真帆が声をかけるなり、彼は驚いたように真帆に視線を戻した。 「え、ああ、すみません。気が散っていました」 「大丈夫、大丈夫。どんどん見て行って。……でも、そんなに街の風景って面白い?」 「はい。作られてからすぐに家事手伝いロボットとして家に入りましたから」 自分よりも年上、少なくとも十八歳くらいには見えるのだが、セシルはその大人びた外見からは察しがつかないほど無邪気に笑った。 余程世界が不思議に溢れて見えるのだろう、セシルの表情は家にいるときよりもどこか生き生きとしていた。 科学技術が隆盛を誇るようになった今の時代を、新聞やメディアは連日のように「高科学技術社会」と謳った。 中でもロボット分野は今までにない飛躍を見せ、数年前にはついに人間と変わらない容姿、そして心を持つロボットまでもが開発されたのである。 それらは驚くほど、瞬く間に広く社会に浸透した。 その最たるものが、セシルのような家事手伝いロボットだった。 炊事掃除洗濯からペットの世話まで、命じたことであればなにからなにまでやってくれるという画期的な人間の発明である。 彼らに感情はあるものの、主の命に背くことがないようにプログラミングされているところが唯一「作り物」と言う印象を与えた。 当時の開発者は声高に、一家に一台は家事手伝いロボットを、と謳った。 国が開発を後押ししたこともあってか、最初は疑ってかかった人々も、数年が経った頃にはロボットがいる日常を普通だと思い込むようになった。 そうして開発者の思惑通りに事がトントン拍子に進んだ現在では、少なくとも一家に一台はロボットを持つ時代になっていた。 だが真帆は、どうしてかセシルのことをロボットとして見れずにいた。 セシルの表情はロボットにしてはありえないほど豊かで、一歩間違えばセシルはロボットではなく人間なのだと思うことさえあった。 こうしてまるでセシルを人間のように散歩に連れ出すことも、本来の人間はしたりしない。 それなのに真帆はどうしてかセシルにこの世界を見せたくなったのだ。狭い家の外はこんなに広いのだということを示したかった。 家に帰ったら、セシルがいなくなったことに関して両親が騒いでいるかもしれないが、あえてあとのことは考えないでおいた。 「セシル……」 だが彼は確実に人間ではない。自分よりも長生きをする。もしくは先に壊れてしまうだろう。 それらの感情が心のどこかで微妙に混ざり合って、そこまで考えた真帆は少し切なくなった。 隣を歩く彼の名を呼んだはいいものの、その先の言葉が見つからなかったので、真帆はすぐに口を噤んだ。 「具合、悪いですか?」 「ううん。平気」 さっと顔を伏せた真帆の体調を気にしたのか、セシルは心配そうに覗き込んできた。 自分よりも人のことばかり気にかける、セシルのそういうところが人間みたいのなのだと思ってしまうのだ。真帆はセシルに、もういっそのこと人間として生活したらどうなのかと提案したかった。 「……え?」 しかし真帆がそのままなにも言わずにいると、突然自分の手がふわりと持ち上げられた。 突然の出来事に真帆が顔を上げると、その先にあったセシルの優しい瞳が飛び込んできた。 世界中の時間が、今のこの瞬間だけ止まったような気がした。 自分の手は、いつの間にかセシルの手によりそっと握られていたのだった。 セシルはなおも心配そうにこちらを見つめている。そっと握られた手は、作られたにしては驚くほど暖かかった。 「……どうしたの、セシル」 「えっ?」 やっとのことで真帆が口を開くと、セシルは慌てたように自分の手元を見て取り乱した。 「す、すみません! 身体が勝手に……!」 自覚がなかったのだろうか。セシルはセシルで分からないと言わんばかりに必死に首を傾げたりを繰り返している。 その複雑な表情は、ロボットではなくまさに人間のものだった。 真帆はふと、嬉しくなった。 それは彼がロボットであることを、この一瞬だけでも忘れられたからだった。 もしかしたらセシルのプログラムの中にこういう場面に応じた設定もしてあったのかもしれなかったが、それでもなぜか、セシルにのみ与えられた感情が本人の知らないところで芽を出したようで、真帆はそれが心地よかった。 後者であればいいのに、と願ったことは自分の無意識のうちであってほしい。 開発者は酷だ、と思う。どうせなら、セシルを人間にしてくれてもよかったのに。 「ま、いっか。セシル、行こう」 真帆は今も焦り続けるセシルの手を握り返した。 するとセシルは一旦驚きに目を見開いて、しかしそれからほっと安心したように笑んだ。真帆とセシルは手を繋いだまま、街中を先程と同じ足取りで歩き始めた。 もう少し、もう少しだけこうして人間ごっこを続けていよう。 ここには人間とロボットを区別する優れた研究者の目などありはしない。 自分の横にいるのは、セシルと言う、この世界に確実に立っている存在だけなのだから。 CLOSE 2007/03/13 |